錯亂しながら Vivian へ

{昨日のつづき。續けるほどのことではないけれど。

私が見た映画は、1959年に公開された On the Beach といふアメリカ映画であった。
邦題は『渚にて』といふもので、この『渚にて』が、別の映画の邦題『地上より永遠に』と一續きになって「渚にて、地上より永遠に」と黙示録的な感じに私は記憶してしまったのであった。



                

From Here to Eternity 地上より永遠に(「こゝよりとはに」と讀むらしい)』が制作された年は(私は『渚にて』と同じ頃と思ってゐたが、調べてみたら)1953年でやゝ離れてゐる。
監督は Fred Zinnemann、主演は Burt Lancater, Montgomery Clift, Frank Sinatra, Deborah Kerr、内容は、日本軍の真珠湾攻撃直前の1941年夏のハワイの米軍基地の兵営内でのゴタゴタが引き起こす悲劇を描いたもので、この年のオスカーを総ナメにしたハリウッド映画史上屈指の名画である。
一方(となんだか『對のあそび』のやうになってしまふが、今回はそれが目的ではない。主題はあくまで Limbo である)『渚にて』は、監督が Stanly Kramer で、主演は、Gregory Peck, Anthony Perkins, Fred Astaire, Ava Gardner、と或意味『地上より永遠に』と、私にはなんとなく類似した感じの配役になってゐる。ランカスターとペック、クリフトとパーキンス、シナトラとアステア(どちらも本職は歌手)、デボラ・カーとエヴァ・ガードナー。
ちなみに、今回調べて初めて識ったのだが、この二人の監督、ジンネマンとクレイマーとは1952年公開の映画、Gary Cooper 主演の名作西部劇『 High Noon 』で一緒に爲事をしてゐる。Zinnemannが Director、Kramer が Producer として。

私にとっては、Gペックは『 Roman Holiday ロウマの休日』と『 To Kill a Mockingbird アラバマ物語 』とで、『荒野の決鬪』と『十二人の怒れる男』の Hフォンダ とともにアメリカ映画を代表する善玉的俳優であり、一方、Bランカスターは『ヴェラクルス』の惡役で『シェーン』の殺し屋を演じた Jパランスとともにアメリカ映画の二大惡役である。

この二つの映画、『地上より永遠に』は第二次世界大戰の戰爭前夜を描いてゐるが、『渚にて』のはうは戦争後といふか、核戰爭後の The Day After を描いたもので、一九六四年に勃發したとされる第三次世界大戰は核戰爭となり、北半球から人類を絶滅させて廣がる「死の灰」の到來をオーストラリアの地で待つだけとなった時間が、潜水艦隊員の公私の生活において描かれていく。
主人公たちが乘るアメリカの原子力潜水艦はオーストラリアのメルボルンに寄港、そこで絶滅したはずの北半球、アメリカからのナゾのモウルス信号を受信、それを確認に行くが、それはコカコーラの瓶と紐と風とが絡まり合ってモウルス信号を「打って」ゐたのであった。アメリカにはやはり生存者はゐなかった。再び、メルボルンに戻り、そこで死を待つ。接近してくる逃れがたい死を、表面上は奇妙な平靜さで受け入れてゐる人々。ピクニックに行ったり、カーレースに興じたり。やがて、メルボルンも死の灰に冒され、潜水艦の乗員は故國アメリカの地で死にたいと云ひだし、アメリカへ向ふ。 ‥‥

映画を見ていくうち、昔、この映画について識ってゐたことが思ひ出されきた。このタイトル『 On the Beach 』が T.S.Eliot 188865 の詩、” The Hollow Men ” から採られてゐることに氣付いて、その詩を讀んでみたくなった。エリオットについてはつい最近調べたばかりだ。

映画を見終はった後で、WikipediaEnglish で The Hollow Men の項目を開くと、そこに Limbo の文字が浮かびあがるやうに目に入ってきたのであった。まるで呪はれたかのやうな氣分であった。
だが、私は心を鎭め、先を急がず、記事の最初から讀んでいった。
The Hollow Men の公表は1925年、エリオットの詩に特徴的な「Overlapping & Fragmentary」の手法で作られ、そこに隱された主題は、第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約下のヨウロパ、時代がおほきく變動するなかでの「Hope & Religious Conversion」の困難さ。そして、エリオット自身の夫婦問題、妻の Viviennne があの高名なる數學者にして哲學者の Bertrand Russell との不倫にたいする疑惑と苦惱とが反映されてゐるだらうと云はれてゐる。
思はぬところで思はぬ名前がといふ感じで(私には ヴィトゲンシュタインのはうで親しい)ラッセルの名が出てきて、俄然興味が湧いてきたが、それ以上に私の興味をそそったのは(無論今回が初めてのことではないが)、ヴィヴィアンヌといふその妻の名前であった。Vivienne といふ名は私に、文學作品で史上最長と云はれてゐる Henry Dager の『 In The Realms of the Unreal (正式には、The Story of the Vivian Girls, in What is Known as the Realms of the Unreal, of the Glandeco-Angelinnian War Storm, Caused by the Child Slave Rebellion )』のヒロインである Vivian Girls を想起させ、この興味に突っ走って行きさうになったが、どうにかとどまって、エリオットの妻となった Vivienne の記事を追った。


Vivianと自分自身では云ってゐた彼女は、アメリカ人からイギリス人に歸化した貴族趣味のエリオットを「誘惑」し、不幸な結婚生活を味合はせ、それゆゑに詩人としてのエリオットの女神となった、エリオットにとっては Femme fatale であった。彼女の存在がなければ、エリオットの最も重要な作品のいくつかは誕生しなかっただらう。
1915年三月、オクスフォードで知り合った二人は三ヶ月後には結婚した。二人とも同い年の二十七歳であった。
二人の結婚は彼女の死の一九四七年まで續いたが、その實態は慘憺たるものとなっていった。ヴィヴィアンヌは身心ともに不安を抱へ、そのことにたいしエリオットは時に烈しく苛立った。そんななかで、ラッセルとの不倫が持ちあがった。
一九三三年、公式な Separation をして、エリオットは彼女から隱れるかたちで遠離り、彼女に自分の居場所を教へないやう知人に頼んだ。ヴィヴィアンヌはこれを認めなかった。彼女は狂亂していった。エリオットの友人であった、これも有名な女流小説家の Virginia Woolf は、かうしたヴィヴィアンヌのことを、エリオットが首に卷いてゐる「Bag of Ferret」と呼んだ(Bagには「醜い女」といふ俗語表現があるらしいが、私にはよく解らない)。
一九三五年十一月十八日、ヴィヴィアンはエリオットを捕まへた。「わたしの所に戻ってきて」と彼女は云った。エリオットは「今、あなたとは話せない」と答へて立ち去った。それが彼女が見た最後の夫の姿であった。
一九三八年、早朝のロンドンの街角を一人で彷徨してゐた彼女を保護施設に入れたのは彼女のブラザであった。ヴィヴィアンはそこからの脱出を試みるが、結局九年後のその死の時までそこで過ごすこととなった。その死因は表向きは心臓發作であったが、過剩な服薬が原因であったとも云はれてゐる。
彼女の死の一年後、エリオットはノウベル文學賞に輝いた。

Vivienne の事で長引いてしまった。


The Hollow Men に戻る。いや、Limbo に。
この九十八行による詩篇は、いくつかの歴史や文學作品を柱として組み立てられてゐる。
なかでも重要なのが、Josef Conrad の Heart of Darkness と Shakepeare の Julius Ceasar、それに Dante の Divina Commedia である。
コンラッドの Heart of Darkness は、Fコッポラの『地獄の黙示録』の原作にもなった一八九九年に公刊された小説で、私も氣に入ってゐるものだ。
シェークスピアのジュリアスシーザーも好きなドラマだ。
ダンテの『神曲』は、その詩行よりもその構成の徹底ぶりにより強く私は魅惑された。
Inferno / Purgatorio / Paradiso の三部構成、Terza rima 三行形式の詩で綴られていく三十三の Cantos、作者自身の作品のなかへの登場、その分身であり導き手でもある同伴者、ベアトリーチェといふアニマ、死者たち、 ‥‥ かうして擧げていくとまるで私の『きよきまなじり*つよきまなざし』は『神曲』を下敷きにしてゐたかのやうにさへ思はれてくるほどだ。これも書き始めると長くなる。
ちなみに、ダンテ自身はたんに「コメディア」と呼んでゐた La Divina Commedia を仰々しくも『神曲』と和譯したのはアンデルセンの自傳を『即興詩人』と譯した森鷗外であった。

詩は「 We are the hollow men / We are the stuffed men / Leaning together / Headpiece filled with straw. Alas!」と始まる。

エリオットは、"Gathered on this beach of the tumid river" 「増水した川の岸邊に集められた」といふ部分は、ダンテの『神曲』の「地獄篇」の第三歌と第四歌の影響に基づいたものださうだ。そこで、ダンテは地獄の一番外側の輪の領域である Limbo を描寫する。それは、地獄へと渡っていくことも、救濟を希ふことすらもできないでゐる人を示してゐる。
そして、詩は「This is the way the world ends / Not with a bang but a whimper.」で終る。
殘念ながら、私の英語の程度では「重層的で斷片的な」で構成されたこの詩を、解説できるほどには讀めない。
{『 The Hollow Men 』の詩とその註釋は、 A Hypertext Version of T.S. Eliot's "The Hollow Men にあります。

The Hollow Men の記事にあった Limbo は Dante の Limbo であった。「ダンテか、それならあたりまへだ」と吐き捨てて、もうとっくに飽き飽きしてゐる Limbo を邪慳に追ひ拂った。
そして、Dager が小説とともに挿絵に描いた Vivian Girls を見よう画像檢索して、それを見ながら、Vivian Girls をなぜか Dager がペニス付きで描いたこと(どうやら彼は女の體を識らなかったらしいといふ解説)を思ひだした。

リンボがまたうごめき始めた「リンボのチンポ、インポのチンポ、 ‥‥




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