「子供を救へ」 Vivian Girls ; Henry Darger の事。


まだ人肉を食ってない子供は、あるいはゐるかも知れない。子供を救へ」と、印象的に終る短編小説を、魯迅が處女作として公表したのは1918年であった。

同じ頃、アメリカのシカゴで(1911年のシカゴで起きた幼女誘拐殺害事件(未解決)に觸發されて)「子供を救はなければ」といふ強い思ひに驅られて、大長編となっていく物語をせっせと書いてゐる男がゐた。
その名は Henry Darger (ダーガーともダージャーとも)、1892年にアメリカはシカゴに生まれた。幼児期に母と死別、八歳で足が不自由で病弱だった父のもとから救貧院(Catholic boys' home)に送られ、そこで幼少年期を過ごす。十二歳の頃、感情障害の兆候があるといふ理由で、知的障害児の施設(Lincoln asylum for "feeble-minded children" )に移される。
十五歳で父と死別、十六歳でそれまで何度も試みてゐた施設からの脱走に成功。260キロを歩いてシカゴに戻り、聖ジョゼフ病院の menial employment 小間使ひ?として働き始め、七十三歳で解雇されるまで續ける。
十九歳の頃、近くで起きた幼女誘拐殺人事件(未解決)に觸發されて『 Vivian Girls 』の創作を開始、1973年のその死の直前まで作りつづける。
In 1930, Darger settled into a second-floor room on Chicago's North Side, at 851 W. Webster Avenue, in the Lincoln Park section of the city, near the DePaul University campus.
1965年、七十三歳の時に長年勤め續けた職業を強制的に解雇され、暇となった時間で自傳を書き始める。
1972年の暮、病氣のために救貧院に入る。その時?、アパートの家主に、部屋の物はどうにでも始末してくれと云ひ、部屋に入った大家(NewYorkTimes に寄稿する寫眞家でもあった)はその部屋に殘されたゐた作品群に驚嘆、1973年四月十三日の Darger の死後も部屋をそのまゝの状態で2000年まで保管した。
In the last entry in his diary, he wrote: "January 1, 1971. I had a very poor nothing like Christmas. Never had a good Christmas all my life, nor a good new year, and now.... I am very bitter but fortunately not revengeful, though I feel should be how I am..."
Darger is buried in All Saints Cemetery in Des Plaines, Illinois, in a plot called "The Old People of the Little Sisters of the Poor Plot". Darger's headstone is inscribed "Artist" and "Protector of Children".


一九歳の Darger が取り憑かれた物語の題名は、正式には、
The Story of the Vivian Girls, in What is known as the Realms of the Unreal, of the Glandeco-Angelinian War Storm, Caused by the Child Slave Rebellion  非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』(略して一般的には『 In the Realms of the Unreal 非現實の王國で』と呼ばれてゐるが、私はさらに短く『 Vivian Girls 』と呼ぶことにする。
タイトルも史上最長級に長いが、物語のはうは間違ひなしに史上最長だらうと云はれてゐる。しかも未完だ。

ちなみに、長い題名で、私が識ってゐるのでは映画でしか見てないが ペーター・ヴァイスのドラマ『マラー/サド』で、正式には
Die Verfolgung und Ermordung Jean Paul Marats dargestellt durch die Schauspielgruppe des Hospizes zu Charenton unter Anleitung des Herrn de Sade マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者によって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺 』といふもので、『 Vivian Girls 』のはうがちょっとだけ長いやうだから、「あるいは」と期待して「世界最長の題名は?」と檢索してみたら、なんと!ダニエル・ デフォーの名作『 Robinson Crusoe 』といふことであった。
The Life and Strange Surprizing Adventures of Robinson Crusoe, of York, Mariner: Who lived Eight and Twenty Years, all alone in an un‐inhabited Island on the Coast of America, near the Mouth of the Great River of Oroonoque; Having been cast on Shore by Shipwreck, wherein all the Men perished but himself. With An Account how he was at last as strangely deliver'd by Pyrates  自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述』
これにはちょっと勝てない(イカサマに近い)。惜しいところで「名・實」二冠を逃してしまった。

Darger が創作に取り憑かれていった契機となったのはシカゴの郊外で起こった幼女の誘拐と殺害、しかも未解決に終った事件であった。

犠牲者の名前は、Elsie Paroubek 。五歳。その幼女の寫眞に Darger は取り憑かれた。それを切り抜いて持ってゐたが、職場のロッカーに置いてゐて、盗まれてしまふ。どこから切り抜いたのか解らないので、再びその寫眞のコピイを手に入れることができなかった。そのために、Darger の創作意欲に火が点いた。
Vivian Girls 』のなかで、Elsie ParoubekAnnie Aronburg といふ名で、最初の「Child Slave」反亂の指導者として造形された。「アニイの暗殺は、Glancelinian 政府による子供殺人でもっとも衝撃的なものであった。"The assassination of the child labor rebel Annie Aronburg... was the most shocking child murder ever caused by the Glandelinian Government" 」と Darger は書く。
そして、この事件が「反亂」の引き金となる、といふふうに始まっていくらしい。{じつは私はこの作品を(その長さに懼れをなして)全然讀んでゐない。Wikipedia などの記事を掻き集めて書いてゐる。

Through their sufferings, valiant deeds and exemplary holiness, the Vivian Girls are hoped to be able to help bring about a triumph of Christianity. 


Darger は『 Vivian Grils 』の物語のための挿絵も作りだす。新聞や雑誌から切り抜いた幼女などの素材をコラージュして、水彩などで彩色したり、それらをもとに Vivian Girls を創作していった。その時、Darger は(女体への無知のせゐといふよりは)故意に Vivian Girls ペニスを付けた(と私は思ひたい)。少女にして少年、兩性具有の天使的な活力を獲得する。事實、Vivian girls はキリスト教の初期の殉教者のやうな犠牲を演じる。


Vivian Girls の反亂の結末をどう付けるか Darger は迷ったやうで、正反對の二つの結末を作ってゐる。Darger provided two endings to the story, one in which the Vivian Girls and Christianity are triumphant and another in which they are defeated and the godless Glandelinians reign.

Darger は アメリカの『獨立宣言』を模倣して、子供の權利をかう書きつける。
"to play, to be happy, and to dream, the right to normal sleep of the night's season, the right to an education, that we may have an equality of opportunity for developing all that are in us of mind and heart"


{この現代、児童ポルノなどをはじめとする「子供問題」は少しも改善することなく、世界中の愁眉の「大人問題」となってゐる。だが、古今東西の歴史を見る時、人間は一貫して子供を虐待してきた。虐待された子供が大人になると子供を虐待する。おそらく、そこには人間性の本質が根深く奥深く立ち働いてゐるのであらうと思はざるを得ない。私は、悲觀と絶望とを握りしめるしかない。

「子供よ、大人になるな」


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