Glorious Genius な Global人材をめざす日本の諸君におくる 「常在戰場*常在禪定」


Glorious Genius な Global人材をめざして努力する日本の諸君におくる「日本語」のチカラタカラ

「常在戰場*常在禪定」


グローバルな人材になって世界を股にかけて活躍するには、主に西洋社界の基盤となってゐる思想 ―― 人間の自然状態は鬪爭状態にあるとし、生物の生命活動の根源は自己保存の本能であるとして、「人は人にたいして狼」「万人の万人にたいする鬪爭」と生れた時から教へられずとも身に付けた人種に伍して、立ち混じっていかなければならないのです。
彼等にとって、自己保存はすべてに優先する自然權なのです。この互ひに互ひの自然權の行使によって鬪爭は生じるのですから、これを仲裁するために法律と、それを保證するための政府=國家が彼等には必要なのです。そして、この國家と契約をするといふわけです。それが西洋の社界です。さうした手續を經たうへで初めて彼等は「人間」となるのです。Human Being となるのです。しかし、本質は狼、野獸なのです。このことをまづは深々と理解しておかなければなりません。
優勝劣敗、弱肉強食、(事實としてはまあどの世界でもさうなんでせうが)露骨にさうした人生感、世界觀をいだく人種と鬪爭していかなければならないのです。
彼等は世界を、生き殘るためには勝ちつづけなければならない戰場と想定しています。
つまり「常在戰場」です。「門をいづれば七人の敵」などと悠長なことは云ってゐられないのです。和氣藹々、和を以て貴とするを是とする日本人にとっては、途轍もない世界です。
日本では負けなければいいのだらうけど、世界では勝ちつづけなければならないのです。


戰場にある時は「狂氣と冷静」、Hot であると同時に Cool でなければなりません。ホットとクウルを陰陽對極循環「69」させてゐなければなりません。
この邊の事をたとへば、柳生宗矩に教へて澤庵和尚は『不動智神妙録』『孟子』から引用した「求放心」といふ語で説明しました。
をどこに置こうぞ。敵の身の働きに置けば、敵の身の働きに心を取らるる也。敵の太刀に心を置けば、敵の太刀に心を取らるる也。敵を切らんと思ふ所に心を置けば、敵を切らんと思ふ所に心を取らるる也。我が太刀に心を置けば、我が太刀に心を取らるる也。我切られじと思ふ所に心を置けば、我切られじと思ふ所に心を取らるる也。人の構へに心を置けば、人の構へに心を心を取らるる也。兎角、心の置所はないと言ふ。
求放心と申すは孟子が申したるにて候。放れたる心を尋ね求めて、我が身へ返せと申す心にて候。たとへば、犬猫鶏など放れて餘所へ行けば、尋ね求めて我が家に返す如く、心は身の主なるを惡しき道へ行く心が逃げるを、何とて求めて返さぬぞと也。尤もかくなるべき義也。しかるに又、召康節と云ふ者は、心要放と申し候。はらりと替り申し候。かく申したる心持は、心を執へつめて置いては疲れ、猫のやうにて身が働かねば物に心が止まらず、染ぬやうによく使ひなして、捨置いて何所へなりとも追放せと云ふ義也。物に心が染み止まるによつて、染すな止まらすな、我が身へ求め返せと云ふは、初心稽古の位也。蓮の泥に染ぬが如くなれ。泥にありても苦しからず。よく磨きたる水晶の玉は、泥の内に入つても染ぬやうに心になして行きたき所にやれ。心を引きつめては不自由なるぞ。心を引き締めて置くも初心の時の事よ。一期其分では、上段は終に取られずして、下段にて果てる也。稽古の時は、孟子が云ふ求放心と申す心持よく候。至極の時は召康節が心要放と申すにて候。中峯和尚の語に、具放心とあり。此意は即、召康節が心をば放さん事を要せよと云ひたると一つにて、放心を求めよ、引き止めて一所に置くなと申す義にて候。又、具不退轉と云ふ。これも中峯和尚の言葉也。退轉せずに替はらぬ心を持てと云ふ義也。人ただ一度二度はよく行くども、又、つかれて常に無い裡に退轉せぬやうなる心を持てと申す事にて候。
つまり「常在禪定」です。戰場こそは、格好の、そして絶好の禪定の場なのです。
日本語の錬金術師を自稱する私は、世界へ健氣にも羽ばたこうとする諸君のために刀鍛冶となって、「常在戰場」といふ古語に韻を踏ませて、新たに私が打ちだした「常在禪定」なる語を一對に組み合はせることで、一度聽いたら二度と忘れない、一粒で二度おいしい、座右の銘どころか心と肝にヒゴノカミで刻みつけるであたコトバタカラとして(今回は特別奉仕で)進呈することにしました。


この覺悟、この魂魄さへ持てば、人生いたるところ青山あり、世界中、懼れ戰く所などありません。この「常在戰場*常在禪定」を抱けば、諸君は明治維新をもたらした幕末の志士のやうになってゐることでせう。勝海舟192399や福澤諭吉183501のやうになってゐるでせう。あるいは、それ以上に迫力ある戰國時代の下剋上中の土豪のやうにチカラモチになってゐるかも知れません。宮本武藏158445や柳生宗矩157146のやうな。
さうです。世界が最も憧憬するところの強い日本人になってゐるのです。

外國人が日本語を身に付けることを思へば、英語なんぞ何でもありません。英語のそのタマシヒ、チカラタカラにまで到達するのは英語に異國人である日本人には大變でせうが、ビジネスライクな英語くらゐポルノライクな英語に毛が生えたくらゐのものです。
しかし、今の日本人はそれよりもまづ、日本語に、日本の文化に精通しなければなるまい。それが Global Man となった時の諸君のチカラ(ヤカラ)タカラとなるのですから。

「常在戰場*常在禪定」=「Always8Usually, Hot ∞ 
 Cool 」
どこに在っても、どんな場合にも、ホット=クウルに、精神の態樣を陰陽二つに兩立できて初めて「文武兩道」の人徳が體得できるのです。文武兩道こそが君子紳士への道であり、つまりは「人間」の理想への王道なのです。
公家の時代があり、武家の時代がつづいた日本では、かうした人間「學」についての習得法の工夫と發明が豐富に遺産となってゐます。これが日本の「ミソ」です。現代の日本人は「クソ」と思ひ考へてゐるかも知れませんが。「万人鬪爭」が現実で常識の世界から見れば、これほど理想的な人物像、人間觀はないのです。禮節をそなへ信義をそなへた人間、それこそが世界が憧憬する日本のサムラヒでありモノノフなのです。世界が求める人材なのです。

グローバル人材をあきらめ、平々凡々「公務員がいいや」と引きこもる諸君、さうした宦官志望の自己去勢の方々にも是非ともこの札を首から下げてもらひたい。靈驗あらたか、腐りきった根性に多分、そこらの寺社の守り札より全然効能はあるはずですから


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