夏目漱石の「自己本位」と森鴎外の「レジグナチオン」:『對のあそび』


夏目漱石186716の「自己本位」と森鴎外186222の「レジグナチオン」


{1907明治四十年、東京帝國大學英文科の教授をはじめとして一切の教職を辭し、朝日新聞社に入社した夏目漱石186716は、猛然と創作活動を開始、『三四郎』『それから』『門』などを連載していった。その漱石に刺戟されるやうに、一九〇四年から六年まで、日露戰爭に軍務部長として出征してゐた森鴎外186222は東京に戻って、陸軍軍醫として最高位に達した1909明治四十二年、軍務によって中斷したかたちになってゐた文學活動を、與謝野鐵幹や與謝野晶子187842とともに創刊した(發行人はなんとあの石川啄木188612)『スバル』において再開、漱石のそれと好一對となるやうな小説群を發表していった(二人は東京にゐながら交際はなかったやうだが精神は交感しあってゐたやうに私には思はれる)。鷗外の代表的な小説はこの時期以降に作られ、1912明治四十五年の明治天皇崩御を大きな契機としてさらに充實、その死の1922大正十一年まで、「歴史離れ」の小説から「歴史其儘」の史傳へと敍述の樣式を變へながらその創作活動を持續した。

1909明治四二年に作った『それから』で漱石は、世間に出て働かうとしない高學歴者の主人公に「自己本位」の立場を(前回紹介したやうな)絶望のやうな深い倦怠感で吐露させました(けれどもこの主人公は他人の妻に懸想などしてゐるのだが)。
これに鷗外は呼應するかのやうに同じ年の十二月、『予が立場』で「レジグナチオン(諦念)」を公言しました。レジグナチオン=Resignation とは「辭職とか斷念、諦念、忍從、絶望を受け入れる」などの意味のやうです。
そして、翌々年に書いた『妄想』で鷗外は、このレジグナチオンの元となった彼の氣分のやうなものを主人公に告白させてゐます。

森鴎外186222『妄想』1911

 生れてから今日まで、自分は何をしてゐるか。始終何物かに策うたれ驅られてゐるやうに學問といふことに齷齪してゐる。これは自分に或る働きが出來るやうに、自分を爲上げるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。併し自分のしてゐる事は、役者が舞臺へ出て或る役を勤めてゐるに過ぎないやうに感ぜられる。その勤めてゐる役の背後に、別に何物かが存在してゐなくてはならないやうに感ぜられる。策うたれ驅られてばかりゐる爲めに、その何物かが醒覺する暇がないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する學校生徒、勉強する官吏、勉強する留學生といふのが、皆その役である。赤く黒く塗られてゐる顔をいつか洗つて、一寸舞臺から降りて、靜かに自分といふものを考へて見たい、背後の何物かの面目を覗いて見たいと思ひ思ひしながら、舞臺監督の鞭を背中に受けて、役から役を勤め續けてゐる。此役が即ち生だとは考へられない。背後にある或る物が眞の生ではあるまいかと思はれる。併しその或る物は目を醒まさう醒まさうと思ひながら、又してはうとうとして眠つてしまふ。此頃折々切實に感ずる故郷の戀しさなんぞも、浮草が波に揺られて遠い處へ行つて浮いてゐるのに、どうかするとその揺れるのが根に響くやうな感じであるが、これは舞臺でしてゐる役の感じではない。併しそんな感じは、一寸頭を擧げるかと思ふと、直ぐに引つ込んでしまふ。 それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞臺で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。丁度その頃留學生仲間が一人窒扶斯になつて入院して死んだ。(略)
 そんなら自我が無くなるといふことに就いて、平氣でゐるかといふに、さうではない。その自我といふものが有る間に、それをどんな物だとはつきり考へても見ずに、知らずに、それを無くしてしまふのが口惜しい。殘念である。漢學者の謂ふ醉生夢死といふやうな生涯を送つてしまふのが殘念である。それを口惜しい、殘念だと思ふと同時に、痛切に心の空虚を感ずる。なんともかとも言はれない寂しさを覺える。
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 かう云ふ閲歴をして來ても、未來の幻影を逐うて、現在の事實を蔑にする自分の心は、まだ元の儘である。人の生涯はもう下り坂になつて行くのに、逐うてゐるのはなんの影やら。「奈何にして人は己を知ることを得べきか。省察を以てしては決して能はざらん。されど行爲を以てしては或は能くせむ。汝の義務を果さんと試みよ。やがて汝の價値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。」これは Goethe の詞である。 日の要求を義務として、それを果して行く。これは丁度現在の事實を蔑にする反對である。自分はどうしてさう云ふ境地に身を置くことが出來ないだらう。 日の要求に應じて能事畢るとするには足ることを知らなくてはならない。足ることを知るといふことが、自分には出來ない。自分は永遠なる不平家である。どうしても自分のゐない筈の所に自分がゐるやうである。どうしても灰色の鳥を青い鳥に見ることが出來ないのである。道に迷つてゐるのである。夢を見てゐるのである。夢を見てゐて、青い鳥を夢の中に尋ねてゐるのである。なぜだと問ふたところで、それに答へることは出來ない。これは只単純なる事實である。自分の意識の上の事實である。 自分は此儘で人生の下り坂を下つて行く。そしてその下り果てた所が死だといふことを知つて居る。 併しその死はこはくはない。人の説に、老年になるに從つて増長するといふ「死の恐怖」が、自分には無い。 若い時には、この死といふ目的地に達するまでに、自分の眼前に横はつてゐる謎を解きたいと、痛切に感じたことがある。その感じが次第に痛切でなくなつた。次第に薄らいだ。解けずに横はつてゐる謎が見えないのではない。見えてゐる謎を解くべきものだと思はないのでもない。それを解かうとしてあせらなくなつたのである。

鷗外は「自分は永遠の不平家だ」と言ってゐますが、おそらく漱石も同様な不平家であったことはその小説が示してゐます。
漱石の不平は「自己本位」となり、鷗外では逆に「レジグナチオン」になる。もっと實状に合はせて言へば、鷗外(の小説)はレジグナチオンすることで自己本位の立場を獲得し(たとへば『阿部一族』)、漱石(の小説)は自己本位をきはめゆくことでレジグナチオンへと到達していく(たとへば『こころ』)、といふやうな私好みの「メビウスの輪」的理解になってしまひます。
明治天皇の崩御を契機として生まれた鴎外の『阿部一族』と漱石の『こころ』については、いづれ『對のあそび』にして論じてみたいと思ひます。

しかし、殘念なことに、日本のその後の文學はこの鷗外や漱石の「脱亞入歐」しなければならない日本人の「苦惱」の遺産を受け繼がなかった。かくして、日本の近代文學は未成熟のまゝ、云はば「夭折」してしまった。


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