Intermission 小津安二郎の映画『淑女は何を忘れたか』 紹介


Intermission 小津安二郎の『淑女は何を忘れたか』紹介


{今日は土曜日だし、私も一息つきたい。で、私がもっとも繰り返し見てゐるうちの映画の一つ、小津安二郎190363が1937昭和十二年に監督した『淑女は何を忘れたか』を( YouTube にあったので)紹介して、御茶を濁す。午後は、ひさしぶりに春日野のはうにでも散歩に行ってみるか。

小津安二郎の自前の脚本。その話の筋は、大阪のブルジョワ娘が東京のおばさんの家を訪ね、極度の恐妻家であるおじさん(大學教授兼任のドクター)をその自由闊達な行動力でけしかけて、おじさんの「恐妻」病を直して(夫唱婦随にしてやって)、大阪に戻って行く、といふコメディ、全篇いたらざるところなきがごときコメディ。
このお嬢さんを演じる桑野通子191546が、じつに颯爽とした洋裝の昭和モガ(ModernGirl)ぶりで、潑剌としたそのスタイルとアクションとで、日本映画史上類例のゐない「Super Heroine」を實現させた。
こんなモダンな、洋風の映画が、226事件の翌年、日中戰爭が始められた年に(それも官憲の檢閲付きで)制作されたのだから、まるで信じられない。奇跡のやうだ。

古い白黒映画だらうと敬遠されるかも知れないので、この映画の魅力的な一場面(これも YouTube にあった)を予告篇的に紹介しよう。先程紹介した小津安二郎の『生まれては見たけれど』にも出演してゐた少年たちが五年後、成長して出演、ブルジョワ息子らしくない息子たちをナチュラルに演じてゐる。これを見てもほんたうに小津は「子供がうまい」と感じる。ぎこちなさがないのだ。{少年たちが歌ふ「とんがらがっちゃダメよ」は当時の流行歌らしい。



本篇はこちら。この時、桑野通子は二十二歳。



桑野通子は敗戰後の混亂期に、子宮外妊娠で原因で急逝した。三十一歳。昭和二十一年の四月一日「April Fool」の日であった。彼女はその前に、不倫の子を生んでゐた。それが桑野みゆき。カヘルの子はカヘル(「蛙」じゃ可哀想だなと調べたら、英語では、Like hen, like chicken. と云ふらしい)。
少女に成長したみゆきは(お母さんのツテではなく)オーディションによって、松竹に入り、小津安二郎の『彼岸花』や『秋日和』で、良家のハツラツとしたお嬢さん役で賣り出し、小津亡き後は、小津を引き繼がなかったどころか「父親殺し」に反撥した「松竹ヌウベルヴァアグ」の一人、大島渚の「不良娘」を演じて、戰前のお母さん同様(私には)戦後の日本映画でのもっとも魅力的な女優の一人となった。勿論、私が最初に見たのは娘の、桑野みゆきのはうであった。
その後の彼女は(私が見たかぎりでは)黒澤明が1965年に制作した 『赤ひげ』で「ひたすら悲しいだけの女」を演じて、結婚とともに映画界を引退、藝能界とは縁を切った。


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