Glenn Gould & Kieth Jarrett  『對のあそび』

Glenn Gould & Kieth Jarrett 『對のあそび』、『少年の完成』のための

私の耳には「ひびきのいかり」と化した「エレク・トリック」Miles Davis のリズムセクションにキイボウド奏者として Kieth Jarrett は加はってゐた。だが、その当時は、太古からの振動震動をおもはせる鬱蒼としたリズムの鼓動のなかで孤獨に絶叫するマイルスのホーンにばかり印象が行って、ジャレットには特別な興味は持たなかった。
彼がグウルドとともに私の最も愛聽するピアニストとなるのは、彼がマイルスから離れてずっと後、一九九〇年前後、ピアノトリオでジャズのスタンダードを彈いてゐるのを聽いてからであった。
その時に、ジャレットもグウルドに勝るとも劣らぬ、それもよく似た「奇癖」の持主であることを識った。
演奏しながら「奇聲」を發す(これはレコウドで識ってゐたが)、と同時に、音樂の惡魔にでも取り憑かれたかのやうに(よくぞそれでピアノが弾けるものだと思ふほどに)踊り狂ふ、のだ。
グウルドも同様だ。さすがにクラシックのプレイヤー、ジャズのジャレットほどではないが、彼も演奏中に感に堪えぬ感じで奇聲を洩らし、 YouTube などで実演を見ると、椅子には坐ってゐるものの落ち着かなく體を動かし、打鍵しない時の手は指揮者のやうに空中に躍らせてゐる。
ほんたうに「同工異曲」と云っていいほどによく似た「奇妙な演奏スタイル」のピアニスト、グウルドとジャレットである。
世にも珍しいであらうこんな「奇癖」のピアニストを二人までも「最愛」する私にも、同種の「氣」が一脈流れてゐるのではないかと疑はれた。
疑ふまでもなく思ひ出されたのは、ヘッドフォンで音樂を聽いてゐて「奇聲」を發してゐたらしく、驅けつけてきた母親にキチガヒになったのではないかと氣が狂ふほどに心配された事であった。

その母親を騙すやうにして手に入れたカネで、少年の私が買った最初の LP(LongPlay)レコウドは Glenn Gould による J.S.Bach の Goldberg Variation であった。
どうして、このレコウドが私が最初に買ったLPレコウドになったのか、その事情はまるで思ひだせない。だが、それが私の最初と云ってもいい高價な買物であったことはよく覺えてゐる。

誰が私にグレングウルドを教へたのか ―― ラヂオであったのか、雑誌であったのか、はたまた、Poetry in motion といふポップスのタイトルの意味を教へてくれたレコウド屋のお姉さんだったのか、 ‥‥ いや、おそらくはかういふことであったのだらう ――
地方の本屋は(賣れる本しか置いてなく)田舍の雜貨屋めいて、知的好奇心を溢れさせ始めた少年には退屈な場所でしかなかった。
それよりもレコウド屋、そこは、ワアルドワイドなアーカイブの場所のやうであった。邦楽、洋楽、それらが規格の揃った大きさで、カルテのやうに整然と竝べ置かれてゐる。同一規格のもとで個性を競ふかのやうな種々樣々なジャケットデザイン、その矩形の美術に中味の音樂を想像しながら、私は「洋楽」專門、それらを(まさに垂涎の熱中で)ポップスからジャズ、映画のサウンドトラックからクラシック音樂にいたるまで「写真記憶」するやうに見ていった。そのなかに、どうしても私の手の動きを止まらせてしまふ一枚があった。
それは、普段着に近い恰好でピアノに向ふ青年の孤獨げな後姿のスナップショットを使ったジャケットデザインであった。その美術に私は魅了されてしまってゐた。それをわが部屋に飾りたかった。だが、私は迷った。レコウドは当時の少年にはあまりにも高價であった。今回、この記事のために調べたら、大卒の初任給が二万円ちょっとの時に、LPレコウドは一枚、二千円近くもしてゐた。
その中身の音樂で欲しいレコウドは何枚もあった。中身を識らないレコウドに(試聴もしたが購買を決定させるほどの判斷力は私の耳にはまだなかった)、ジャケットに惹かれただけで、そのために命懸けの大枚を使ふことに、自分で自分がイヤとなるくらゐに散々迷った。
もう最後は、ほんたうに「清水の舞臺から飛び降りる」やうな上氣した氣分であったのだらう、何にも覺えてゐない。手にはレコウド屋の袋が持ち、店を出て、驅けだしてゐた(多分)。



それが、グウルドの初體驗であり、またバッハの初體驗ともなった。
グウルドの演奏が個性的あまりにも個性的であることを識ったのは、ずっと後になってからの事であり、その時には、バッハの鍵盤音樂にかんしてはグウルドの演奏が(私には)正統となってしまってゐた。バッハ当時の鍵盤楽器であるチェンバロやクラヴィーノの演奏は「ガチャガチャ」として(こんな音ではゴウルドベルク氏の不眠症はもっと酷いものになるだらうと思ったものだ)、グウルドの音響の簡潔なる端正さを欠いてゐた。
私はグウルドのバッハを或種ポップスのやうに聽いた。音自体にモダンさを感じた。そして、そのテンポに。
彼の『ゴウルドベルク變奏曲』より私に氣に入ったのは、同じバッハの『平均律集第一巻』であった。これは二枚組で、値段も二枚分であった。だが、これも元が取れるほどに繰り返し聽いた。私が一番繰り返して聽いた音樂かも知れない。
だが、バッハ以外のグウルドはダメだった。あきらかに行き過ぎた解釋による演奏であった。その頃には、FM放送とカセットテイプが普及して、エアチャックで種々樣々の演奏が繰り返して聴けるやうになってゐた。

Glenn Gould とともに私を最も魅了した音樂は、モダンジャズの Miles Davis であった。
私の彼の最初の一枚は「 Kind of Blue 」で、結局、私が一番多くレコウドを買ったミュウジシャンはマイルスデビスであった。
BeBop から Cool of Birth, そして Kind of Blue、これでモダンジャズを完成させて、一九六〇年代、フリイジャズ化していく趨勢のなか、マイルスはエレクトリックサウンドと多樣化させたリズムセクションとで破壞的創造、「ひびきといかり」の音樂といふより音響を追求していった。それらは(私には)音樂といふ領域を超えて、「永遠なる闇と化した時間のなかで閃光する悲痛なる絶望」とでも云った存在論めいたものを現場體驗させてくれた。
私が最後に買ったレコウドは多分、1970年頃のマイルスの Bitches Brew だと思ふ。
この後、もう暫くは熱心に聽いてゐたが、グウルドのバッハによって簡潔端正に始まったわが西洋音樂體驗は、マイルス(Devil と時々さう呼びたくなる)の「ひびきのいかり」のなかで急速に終焉していった。


Kieth Jarrett トリオのジャズスタンダードで、懷かしい感じで音樂が私に「再生」したのは、それから二十年ばかり經ってからのことであった。
その時には、Gould は五十歳ですでに死んでゐた。


↑ Art of Heart ――――――――― 思考 69 空想 ――――――――― Word of World ↓