Glenn Gould & Kieth Jarrett, Again 『思考と空想』for『少年の完成』


Glenn Gould & Kieth Jarrett, Again 『思考と空想』for『少年の完成』

{自分自身の記事に觸發されて、自分の音樂體驗を走馬燈させるやうに私は、1956年のグウルドの處女作となったゴウルドベルク1971年のマイルスデビスにキースジャレットが參加したベルリン・ライヴ、そして、1981年のグウルドの再度のゴウルドベルク、それから、1990年頃からのジャレットトリオによるジャズスタンダードを聽いて過ごした。


その音は闇のなかにポツンポツンとあらはれてきて、アリアの旋律となって時間を音樂へと變樣させていく、やがて複雜に模樣へと織りこまれていく音の響きは、ぶつかりあふ寶玉の作りだす虹のやうな幻影となって、永遠の相のもとでの舞踊となり、時は永遠となり、そして、最初の單純な旋律のアリアとなって、闇の靜寂へと戻っていく。 ‥‥ 終ったアリアはそのまゝ新たな變奏の始まりとなって、終りが始まりの無限囘歸の循環形式、永遠なる意味の永遠なる遊戲、マンダラ ‥‥
それにしても、なんと孤獨な、と改めてグウルドの演奏に私は感じ思った。


1971年のベルリンでのライヴ、この時のジャレットのエレクトリックピアノとオルガンによる演奏が、私の「ひびきといかり」感の極点であった。緊迫感を持って打ち響くコンガとシンバルのなか、ジャレットのピアノとオルガンは、崩壊への無氣味な緊張感を漂はせ、響かせながら「いかり」を演出していく。その演奏ぶり、彼のモノノケでも憑いたやうなケッタイな、奇っ怪なプレイぶり=苦惱ぶり、惡戰苦鬪ぶりは悪魔的天使あるいは天使的惡魔を思はせ、まさに「Sound of Fury」、私にはもっともナマナマしい音樂體驗となった。

その次に、
翌年には死んでしまふグウルドが再び取り組んだゴウルドベルク。しかし、これは、私はアリアだけで諦めてしまった。處女作を聞き慣れた私には、旋律が旋律とならないと感じるほどにもゆっくりしすぎたテンポ、處女作への対抗がかうした過剩な工夫をさせてしまふのだらうか。今では老眼鏡?をかけ、老人を年齢以上に思はせるグウルド。なんとはなし痛々しく、聽くにしのびないと思った。私は感傷的になってゐた。
一九八二年にグウルドが死んだ時、私は暫くその事實を識らなかった。音樂はレコウドよりも輕便なカセットテイプに録音して聽くやうになり、それもあまり聽かなくなり、食事時などのBGMとして流す程度の聴き方になってゐた。私は都会を離れ、森の中といふか箱根南麓の定住者となり、音樂よりも靜寂を好むやうになってゐた。
聽きたいと思ふやうな音樂は(グウルドのバッハをはじめとして)頭のなかに入ってゐた。それらをそれぞれ一枚の繪のやうに想起すれば、音樂は私の脳裏に再生された。細部まで完全とはいかなかったが、むしろそのはうが都合よかった。


グウルドにはそのバッハ演奏のみならず、その存在自體に私は強い共感を持ってゐた。殊に、彼の音樂といふか藝術への取り組み方に。
レコウド藝術に取り憑かれたグウルドは、早々にライヴのコンサートを止め、録音のスタヂオに籠もった。そして、完璧な演奏を「作りだす」Alchemist 、錬金術師となった。彼がレコウド音樂のために工夫した錬金術は、いくつもの微細な差異を持つ演奏をテイプに録音して、それらを比較檢討しながら、パッチワアクのやうにコラージュ、カット&ペイストして完璧な演奏に仕立てるといふ、理想的と云へば理想的だが(ナマモノである音樂演奏のレコウド制作にはあまりにもふさはしからぬ)手法であった。だが、不可能を可能にするのが錬金術師であり、藝術家である。私は彼の志を貴んだ。
作っては作り變へる、まさにマンダラ、永遠なる意味の永遠なる遊戲のための技法、と私は自分に引き寄せるやうにして啓發されたのであった。
コラージュではなくブリコラージュを云ひだしたレヴィ=ストロウスもこれと似た手法を、紙のうへでの作文作業でおこなってゐる。ま、紙上での推敲作業では、切ったり貼ったりや誤魔化したりのコラージュやブリコラージュは昔から極々常識的な手法ではあった。
あまり効率的は言へまいが、さうした手作業が作品のための思考と空想との現場となるのだ。
藝術を手に入れるためにはそれ相應の苦勞をしなければならない。事實は必ずしもさうではないが、藝術家魂はさう思ってしまふのだ。完璧への強迫觀念、さうした神經と精神とを持ち合はせて初めて藝術家なのだ。藝術は本來職業となり得ない。職人のなかで、創意を余計に持った者が藝術家を兼ねていくのだ。
完璧さのまへにして、たじろかないこと。完璧を求めつづけること。不毛さを懼れてはならぬ。坂道を擔ぎ上げた石を轉がし落とすといふ日々繰り返すシジフォスの勞働、さうした惡戰苦鬪に充實した時間こそが藝術家の眞骨頂なのである。
どうでもいいことだが、常識人とは正反對のかうした処世觀を抱き持つことによって藝術家は世の中に存在意義を持つのである。

ブリコラージュと對比されるエンジニリングとを、私はそれほど對照的には思ひ考へなかった。
作品のためにはその過程として「構想と造形」といふ二種類の態樣を必要とする、と私は考へた。構想とは理念的な(前もっての)設計作業であり、エンジニアリングである。その設計に基づいて建築を始める時、つまり造形の段階では作業はブリコラージュ、「創作のためにあらゆる材料を掻き集めて bricoler=誤魔化す」職人、つまり錬金術師とならざるを得ない。その時、ブリコラージュとエンジニアリングとは循環的な關係となり、さうしたなかで作品が制作されていく。この過程こそが藝術家冥利なのだ。
藝術家にとっては作品そのものが目的ではない。それよりも、目的はその制作過程、その間の惡戰苦鬪=遊戲の時間なのだ。
山があるから登るのではない、登りたい氣持が山を探して(あるいは作りだして)目指すのだ。
ランナーズハイといふのがあるだらう、それだ、求めるところは。他人には理解しがたい勞苦だらうが、苦勞してゐる本人は至極御滿悦なのである。
おそらく、グウルドもさうではなかっただらうか。


グウルドの努力を肯定しながらも、それが生みだしたものに私は感動しなかった。
推敲によって作品がよくなる場合より、むしろ惡くなる場合が多いだらう。殊に、若い時のものを時間を置いて作り直さうとする時。長年かけた技術の上達による手入れはむしろ、作品から氣韻生動と云ったものを削いでいってしまふ。藝術は技術ではないのである。超絶的技術は必ずといっていいほど藝術的感興を自損させてしまふ。藝術全般、樂器の演奏なども殊にさうだ。なぜだらうか。人間の感受性の不思議さと云ふしかない。
グウルドの處女作となったゴウルドベルクを私が愛聽してゐなかったら、また話は別だらうが、私にはあの金字塔の演奏が刻みこまれ、これに比肩しうる演奏はあり得ないのだ、たとへ圓熟したグウルドだったとしても。しかし、グウルド本人の藝術家魂もよく理解できるのである。


ジャレットはソロプレイのライブ録音をたくさん殘し、それが彼の眞骨頂なのだらうが、私はほとんど聽かない。
ジャズにこだわるつもりはないが、やはり、ジャズは「Call and response」のインタープレイが醍醐味である。ピアノトリオといふ最も簡潔なスタイルで、それも、ジャズのスタンダードとなった名曲による旋律と、そのコード進行にしたがったアドリブ=變奏、そしてふたたびテイマを奏でて終るといふ(まるで「ゴウルドベルク變奏曲」と同一の)スタイルのものが私には好ましい。ジャレットはこの分野でも、ベースのピーコックやドラムスのデジョネットとのトリオでたくさんの演奏を殘してゐる。
録音技術の向上もあるのだらう、私の耳にジャレットの流麗にして闊達なタッチは、水沫となって粒立ち、そして陽光にきらめきかがやき流れゆく有樣を見詰めてゐるやうな心地よさをもたらしてくれる。
いづれも往年のジャズで聽き知ったメロディばかりだから、彼の熟達した演奏のリリシズム、流麗なる「草書」體、その斬新さが際立ち、しかも技術に走らず、品よく、まさに「老賢者にして永遠の少年」をおもはせる達人藝だ。

モダンジャズのスタイルも主題と變奏であった。テイマを奏で(場を定め)、そのテイマのコウド進行に基づきながら變奏を重ね、ふたたびテイマを奏でて、場を閉ぢる。
主題と變奏(つまり解釋)。この古今を親密に係はり合はせる形式、温故知新とも云ふべき形式を(性癖となるほどに)私は好んだ。それが、わが
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といふ定式になった。(6と9とは、6=陰、9=陽、の「陰陽太極圖」を記号象徴させたものです)。古今東西のコトバコダマを掻き集め、それらを掻き囘しながらチカラタカラとし、自分の思考と空想とを精練させていく。
それは、歴史の頂点といふか終点(ポストモダンと呼んでもいい)に生まれ合はせた者だけに可能な特權であった。ポストモダニズムをはじめとする現代思想となんとなく通底してゐたのは(意識もしなかったが)、結局、スキゾキッズにメランコボウイにどんなにこの現代から隔絶したつもりでも生まれ合はせた時代のパラダイム、思想的枠組の影響から不可避的といふことなのだらう、


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