「時と永遠」ダルマ面壁 by my『思考と空想』


かつて、日想觀から寶樓觀について(藥師寺東塔を実例にして)説いた。今度は「面壁、壁觀」を話してみよう ―― 

面壁九年 = facing a wall for nine years in meditation (by Bodhidharma at Shaolin-Temple=少林寺) 
はじめ達磨大師、崇山の少林寺にして九年面壁のあひだ、道俗、いまだ佛正法をしらず、座禪を宗とする婆羅門となづけき。道元120053『辯道話』

「捨妄歸真,凝住壁觀,無自無他,凡聖等一」などと大壯ぶって言ふが、要するに、印度人の男が中國に來て達磨ないし達摩、つまりダルマと呼ばれるやうになったが、本人いまだ修行の未熟を思ひ、みんな空手拳法に夢中になってゐる少林寺の、片隅の壁に向かって座行を始め、九年間坐りつづけて(手足が腐るのも知らず)、やっとのこさ「廓然無聖(ガランとして何にもねえや)」の覺悟を得た。そして、禪といふ佛教の開祖になった。

意馬心猿、面壁九年、ダルマさん、手足腐らせ「廓然無聖」
意馬心猿、煩惱具足、百やっつ、除夜の鐘にて「明鏡止水」

「ダルマさん、ダルマさん、にらめっこしよう。わらったら負けよ、

ななころび、やっつと起きて、ダルマさん、
おむすびころりん、こんころりん 
{と、母の背中で子守歌

面壁:十輪院本堂(國寶)の床板

面壁や、さとるさとらぬ、われ知らず。たゞうつくしく、みつめゆくのみ

みつめれば ただよひきたる うつくしさ うつつまぼろし そこはかとなく

みつめれば、自他はとけゆき ―― おのづから、時、永遠に「九年面壁」

面壁;廢屋のトタン板


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