Old is Gold, Old is Cold. 『比喩と揶揄』


昔、私が少年であった頃 ――


中学校の英語の授業に退屈した私は、讀みかけの PoeGold Bug(勿論その頃は和訳されたもの)のことを思ひながら、Gold といふ語をいじくりだしてゐた。
G, old と分解してゐると、God といふ語が現れてきた。その思ひもしなかった「顯現」があざやかで、なんだか(Poe の小説にあるやうな)暗号の謎解きのやうなことを私は始めてゐた。

Gold is God, God is good, 三段論法でいけば、Gold is good となる。
これが、この人間世界の(God といふ名のもとに隱された?)眞理、祕密といふか本音なのだらうか。
それなら、つまらない。と、積木を崩すやうにして、新しく始める。

God - Old、三位一体、Child of God
 
            God is old.  God is child. God is odd.
ひとつ、できた!
だが、退屈な授業はまだ續いてゐる。私はノウトに落書きを始める。
 

Golden God is old and cold.
Nowhere, No-where, Now-here, NO-W-HERE、ここではないどこか、どこでもないどこか、
Nevermore, Nevermore, Nevermore,


そして、それにも飽きた頃、
私が作るといふよりコトバのはうからできあがってくるやうにして、窮極とおもはれる對句を得てゐたのであった。


そして、この對句が私が英語で作った、最初で最後の詩篇となった。
そして、今の私は(蛇足とは思ひつゝも以下の理由から)これに Gold is cold をつけ加へたく思ってゐる。

後になって、Shakepeare の King Lear を讀んだ時に、この自作の對句が想起され、この悲劇といふより愚劣な老王の狂氣の喜劇にしか私には見えなかった戯曲が「Old is gold, old is cold」の枠組のもとで理解されていった。

また、これも、後で識つたことだが、ユダヤ教の格言集?の『タルムウド』に「老年は、愚者には冬のやうだが、賢者には黄金の時間」といふのがあるさうだ。
教訓にしてしまへばまあさういふことになるのだらうが、Old/Cold/Gold の作者としては、Old は Gold にして Cold といふか、そもそも Gold は(その属性において)Cold ではないのか。愚者だらうが賢者だらうが、老人には、その殘り少ない時間は黄金のやうに冷たい感觸ではないだらうか。あれかこれかの二者擇一の事實ではあるまい。賢者愚者にかかはらず、老年は誰にとっても黄金のやうに貴重で、かつ深まりゆく冬のやうな時間であるだらう。

そして、私も何時の間にやら馬齢重ねて老年へと立ち至ってゐる。

少年の頃より「永遠の少年 puerAeternus 」を志し?心掛け、いまだに『少年の完成』などと見果てぬ夢を、虹のやうに(ウロボロス Ouroboros 的な自己完結を)追ひかけて、自身の現実の人生の経過に、老年に思ひを致すことはなかった。

人生において最良の時間である「少年」に熱中すること/できることが、私がわが「錬金術」に課した主題であり、また成果でもあった。
ありがたい事に、このインターネットの時代が私の「錬金術」に加勢してくれる。 YouTube や Wikipedia 、Gutenberg などのデジタルアーカイヴ等々は容易に便利に、そして鮮明に私の黄金の少年期を再現して、これが鉛を金に變へるやうに老年を少年に作り變へてくれて、私はまさにみづからの尾を嚥みこんだウロボロスとなって、わが老年を少年の時間のうちに嚥み込みつつ過ごしてゐるのである。
   玄室のごとき(老年の)獨房を、子宮のやうな(少年)時空になして。



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 # Ouroboros(ウロボロス)とは、自分の尾を噛んで環を作る蛇または竜で表現されるシンボルをいいます。始めと終わりがないことから、自己の消尽と更新を繰り返す永劫回帰や無限、真理と知識の合体、創造など幅広い意味を持っています。
 こんな画像がありました。


こんな商品もあるんですね、欲しくなった。

 
 こんなウロボロス的な生物「アルマジロトカゲ」も。これも欲しくなった。

 

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 # 永遠の少年(プエル・エテルヌス, puer eternus)について、ユング心理学的解釈


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