MyBlog『思考と空想』について、あらためて


闇雲に切り裂く虹の童子かな「キレイ∞キタナイ、ヂゴク∞ゴクラク」


{あらためて、このブログの趣旨と内容についてのおことわり

* Art of Heart ∈ 思考69空想 ∋ Word of World の記事は、まさに思考と空想(シコウとクウソウと早口で九回ほど繰り返してみてください)、あることないこと錬金術、私の日々の意識と精神の排泄物にすぎません。

* MindUpのためのWarm(Wormイメジ)Up、或種の MindMap の試み、シュトルムundドランクの BrainStorming 、地口輕口鴃舌毒舌=狂言綺語獅子吼龍吟・獅子奮迅、きはめつくすぞ Art of Word、一人稽古の PassionPlay、パワフル阿修羅の金剛力となつて、大道藝に硝子玉演戲を試みるための自己劇化を目的としたものです。ですので、このブログの表現を、信用したり引用したりなされるのは勝手ですが、青くなつて赤っ恥を掻く事になるやも知れませんので「使用は各自の責任で」とお断りしておきます。

* 私の意圖は「情報よりも情動(情操と云ったら、私の語感では露骨になる)」、私の目的は「魂振」、魂を揺さぶってやりたいのだ(魂がまだあるならば

* 私は説得しない、呈示するだけだ。誘惑にみちて、


迷宮化の最も成功しやすく、しかも最も安易な方法 ―― それは、未完のまゝにしておく事。
錯誤は錯誤のまゝに、矛盾は矛盾のまゝに。
不可解こそが魅惑のつきせぬ泉となり、永遠の神祕の源となる。
受け手はかならず作り手を深讀みし、みづから迷宮を想像=創造し始める。
さうやって、作り手と受け手とは二重螺旋のやうになり、うまくすればメビウスの輪クラインの壺か、ウロボロスの迷宮を完成させていくだらう。受け手の私が各種あまたの作り手にたいしておこなったやうに。

どうして人は迷宮に誘はれるのか?
隱された財寶か、囚はれた美姫か、はたまた、冒險そのもの「そこに迷宮があるから」か、

無名性においてインターネットに發表することなど、
海山にむかひ叫び怒鳴り、沙漠に書き散らすにかはるまい。
云ひっぱなしの書きっぱなし、發信だけして受信はしない。それが私の好みに合致する。
闇雲に切り裂く虹の劍の舞、一撃必殺、急所は定か。さうでなくとも、すでに死者または瀕死の者を倒すのだ、裸の王様を指刺すくらゐに簡単なことさ。
わが愉樂悦樂快樂のために、私自身の日々を莊嚴化して、その一日を永遠と化するために、
わが「硝子玉演戲」として、作っては作り變へる「易とマンダラ」として、
空中に寶塔えがく Web Work として、

                 すべては混濁の激流となって、
                 不平憤懣、憤怒の川となって、

                    かくて、われ、未完に、永遠に少年のまゝに をはらむ


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