Eureka!珈琲の最も簡便な淹れ方

Intermezzo



私の Coffee 珈琲への嗜好は、その豐潤にして芬郁たる「かをり=aroma」に(drinkそのものよりも)因ってゐる。

コウフィを飲みたい。だが、インスタント「コーヒー」はゴメンこうむる。
インスタントコーヒーには「かをり」がない。

珈琲豆から淹れるどんな方法も(毎日二度三度となると)怠惰なる私にはきはめて面倒くさい。
無論、私のために珈琲を淹れてくれる優しい人などゐない。

豆を碾き、メーカーにセットして、などと珈琲淹れるその始末の数々を數へると飲む氣が失せてしまふ。
実際、止めてしまった。煙草も酒も、同じやうな感じで止めてしまった私であった。

その私を誘惑するやうに、或日、モカブレンドの「500グラム+50グラム増量」で 298円の特価で特売してゐた。その安さに、思はず買ってしまってゐた。

しかし、淹れる面倒を思ひ考へると、封を切る気にはなれなかった。
書棚に置いて、あの魅惑的な「かをり」を立ててゐるであらうコウフィカップの写真を印刷したその袋を眺めては、わが得意?の想像力によって、コウフィの香りを嗅いだ氣分になった。

かうして、かつてピンナップのガアルに慾情したやうに、珈琲/コウフィ/キャフェ(カフェをパリジャンは気取ってかう云ふんださうだ)に慾情していった。

珈琲豆はそこにある。珈琲を淹れる電気製品も持ってゐる。
だが、一旦封を切れば、その550グラムを、その香りが失せぬうちに使ひ切らなければならない。
朝晩の二囘の自炊だけでも面倒なのに、それにプラスして珈琲までと思ひ考へると、誘惑に私は打ち勝った。
珈琲袋はすっかり書棚の景色に納まって、私を刺戟しなくなった。

そして、
また或日のこと、こちらはずっと私が飲みつづけてゐる緑茶、粉茶をさらに細かく抹茶状態にした緑茶を飲みながら、ふと、ハタ!として思ひついたのであった。
この緑茶のやうにして、珈琲も飲めばいいんじゃないか?、 …… !

緑茶も、普通の飲み方は葉を濾して飲む。それを私は葉ごと粉々に飲んでゐる。ならば、そんな私になら、珈琲を濾さずに飲むことができるのではないか。
濾さずにすむのなら、インスタントコーヒーのやうに簡単に、熱湯を注ぐだけでいいことになる。

Eureka !!!、Archimedes のやうに素っ裸で外へと驅け出したりこそしなかったが、私はわが發見といふか發明にといふか、獨自の工夫に驚喜、雀躍した。

仮説を実検によって証明すべく、私は忘れかけてゐた書棚の珈琲袋の封を敢然と切った。
珈琲のあのエモイハレヌかをりがわが獨房の書齋に広がった。
やゝ大きめのマグマップに一杯分の中挽きの珈琲豆を入れ、後はポットからお湯を注ぐだけ。
私の電気ポットは旧式で、お湯を注ぎ出すポンプの力がなくなってゐるので(新しい物を買へば買へるのだが、この壊れた状態に慣れるとそれはそれで使ひやすい)、柄杓といふかオタマで、茶道「おてまへ」の手つきをマネて注ぎ、珈琲豆を膨らませるやうに蒸らす。
珈琲のあの独特の、豐潤にして芬郁たる香りが濃厚に、それを覗きこむ鼻腔に廣がり、麻藥の体験のない私にはまるで麻藥の強烈さで全身全靈へと浸潤していく。
この芳香こそが珈琲なのだ。珈琲の醍醐味なのだ。
カップを覗きこむ鼻とともに目にもその湯氣にあたって、机爲事の眼精疲労にまことに心地よい。
すでに充分に珈琲に満足した氣分となって、後は無造作にお湯を注いでいく。

猫よりも猫舌のやうである私は、しばらく待って、口に運ぶ。
最初に口に入ってきたのは、表面に浮いてゐたカスであった。
それが齒の間にアチコチ挟まって、ちょっと飲めたものではない。
やはり、濾過は必要なのか?、半分アキラメ顏にラクタンしつゝ、スプウンで表面を浚うと、今度は飲みやすくなった。これなら飲める。

それにしても濃厚な、フィルターを通さない(もう一つ想起された事あったのだけどこゝで云ふのは止めておかう)、珈琲豆の現地で飲んでゐるやうな、また、西部劇のカウボウイも、戰爭中のソルジャーも、こんなふうに飲んでゐるのか、とおもはせるワイルドなる味覺、氣のせゐか。ちょっと、今までに味はったことのない珈琲であった。

さて、快樂の後の問題は、澱となって殘った珈琲豆の始末であった。
これを毎日台所で流すには、ちょっとチュウチョしたくなる量であった。
その時の私は(飲んだ珈琲の早速のおかげか)冴えてゐて、簡單に解決法を見出してゐた。
トイレに流せばいい。
珈琲には消臭効果もあるといふから、一石二鳥だらう。
流しながら、時々、この水洗トイレの強い流水、噴流でカップを洗へば、さらに三鳥になるんじゃないかとまで思ひついてゐるが、さすがにこれはまだ実行してゐない。

それから、ご注意。ノンフィルターで濃厚な分だけ口内にザラついて、齒の汚れは強くなるやうです。

以上、これ以上は簡單にはならないであらう珈琲の淹れ方、およびその後処理についての獨自の工夫、報告でした。




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