南方熊楠/柳田國男/折口信夫:「日本人への遺言」


南方熊楠186741、柳田國男187562、折口信夫188753、

 明治維新の頃に、ほゞ十年置きで生まれたこの三人、柳田を中心にした交遊のなかで日本の民俗學を確立していったこの三巨頭 ―― 

まさしく巨頭と呼ぶにふさはしい、その大きく廣く深い頭腦がもたらした思想(本來の日本人の生活と思想の記憶と記録とはこの三巨頭のなかに納められ民俗學&民族學となって樹立した)を、わが『きよきまなじり*つよきまなざし』のための三貴神として、現地奈良のわが爲事部屋にお迎へすべく、三顧之禮を以て(といふ氣持で)YahooAuction で彼等の全集を探した。そして、いづれも三十卷あまりの全集が(熊楠はまだ)なんと送料足しても一万円以下といふ信じられない安価で入手でき、私はわが事業の順風満帆を思ったのであった。
この三人の著作には、若い頃から親しんでゐた。略


まことに、この三巨頭、それぞれにきはめて個性的、
柳田國男187562は、日の当たる縁側で話し始めたら狂ったやうにキリがなくなる爺さまのやうで、

折口信夫188753は、倉の中の暗がりで灯明点してなにやら呟いてゐるキチガヒ婆さまのやうであり
南方熊楠186741は、半裸状態で森の中を駆け巡ってゐる少しイカレタ天狗さまのやうであった。
いづれもすさまじい威力を持ったタマシヒであり、このキチガヒじみたチカラタカラヤカラ(族)となることに若干戸惑ひを覚えつゝも、だが、私はわが日本人の自覺と精神とに餓えてゐた。
戰後の敗殘兵の子として生まれ、クソもミソも一緒くたに「日本」を全否定した戰後教育に育ち、祖國喪失(忘失)者となってしまってゐると痛感する私のアイデンティファイのために、これら三巨頭はもっとも身近な祖父祖母として頼りゆくべき貴重なる存在となってくれたのであった。




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 南方熊楠186741『神社合祀に關する意見』1910


わが『きよきまなじり*つよきまなざし』のための   
神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べんとするに言語杜絶す。いわゆる「何事のおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる伊勢神宮を詠った西行の歌}」ものなり。似而非神職の説教などに待つことにあらず。神道は宗教に違ひなきも、言論理窟で人を説き伏せる教へにあらず。本居宣長などは、仁義忠孝などとおのれが行なはずに事々しく説き勧めぬが神道の特色なり、と言へり。
すなわち、言語で言ひ顕はし得ぬ冥々の裡に、わが國萬古不變の國體を一時に頭の頂上より足趾asiyubiの尖sakiまで感激して忘るる能わざらしめ、皇室より下、凡民に至るまで、いづれも日本國の天神地祇の御裔misuweなりといふ有難さを言はず説かずに悟らしむるの道なり。古來、神殿に宿して靈夢を感ぜしといい、神社に参拝して迷妄を闢hiraきしといふは、あたかも古歐州の神社神林に詣でて、哲士も愚夫もその感化を受くること大なるを言へるに同じ。別に神主の説教を聴いて大益ありしを聞かず。
眞言宗の祕密儀と同じく、何の説教講釋を用ゐず、理論實驗を要せず、ひとへに神社神林その物の存立ばかりが、すでに世道人心の化育に大益あるなり。
八年前、英ヘンリー・ダイヤー『大日本』といふ書を著わし「歐米で巡査の十手を振らねば治まらぬ群集も、日本では藁の七五三繩simenaha一つで禁を犯さず」と賞賛せり。この感化力強き七五三繩は、今や合祀のためにその権威を失ひつゝあるなり。合祀が人情を薄うし風俗を亂すこと、かくのごとし。

 第五に、神社合祀は愛國心を損ずることおびただし。「愛郷心は愛國心の基なり」とドイツの詩聖は言へり。例せば、紀州地方より海外に出稼ぐ者多きが、つねに國元へ送金するに、まずその一部分をおのが産土神ubusunaKamiに献じ、また出稼ぎ地方の方物異産を奉り、故郷を慕ふの意を表す。
西牟婁郡朝來村は、従來由緒もっとも古き立派な社三つありしを、例の五千円の基本金に恐れてことごとく伐林し、只今路傍に息ikoふべき樹林皆無となれり。その諸神體を、わづかに殘れる最劣等の神社に抛り込み、全村無神の有樣にて祭祀も三年來中止す。故にその村から他處へ奉公に出る若者ら、たまたま自村に歸るも面白味なければとて永く歸省せず。芳養haya村も由緒ある古社を一切合祀せしゆゑ、長さ三里ばかりの細長き谷中の小民、何の樂しみもなく村外へ流浪して還らぬ者多く、その地第一の豪農すら農稼に人を傭yatoふに由なく非常に困り、よって人氣ninki直しに私に諸社を神體なしに再興せり。
もって合祀がいかに愛郷心を殺減するかを見るべし。

神職が無慙不義にして、私慾のために諸神社を檢擧し撲滅するより、愛國心など説くも誰も傾聴せぬは、上にすでに述べたり。例せば、西牟婁郡高瀬という大字の神職は、かつて監守盗罪で処刑されたる者なり。自分の社へ他の諸社を合祀せしめて、その復舊を防がんと念を入れて自大字の壮丁を傭ひ、他大字の合祀趾の諸社殿を破壊せしめしに、到る處、他大字の壮漢に逆撃されて大敗し、それより大いに感情を惡くし、すでに復社したる社二、三あり。
君子交り絶へて惡聲を放たずと言ふに、自己の些細な給料を増さんとて、昨日まで奉祀して衣食の恩を受けたる神の社殿を、人を傭ひてまでも滅却せんとする前科者の神職あるも、昭代の逸事か。