「ますらを」、日本人の男性(理想)像を追って:『思考と空想』

○「もののふ」「ますらを」、日本人の男性(理想)像を追って

前回の「取って出し」の戲詩『サムライ好きなる現代日本の男性諸君に贈り送る狂詩曲』、やっぱりヤッツケ爲事、重大なる錯誤を私は犯してしまってゐたやうだ。

「もののふ」の「ふ」は「」ではなく「」のはうが(武具や刑罰を口にするのを憚ってモノと言ったとするならば)「モノの府」で、それが物部と書かれたといふこと、といふのがどうやら正解のやうだ。だから、『サムラヒ/モノノフ、狂詩曲』は、落語の崇徳院じゃなかった千早振るのやうな、知らぬがホトケ、知ったか振りの牽強附會を派手破目に演じてしまった。が、まあいづれタハムレ事のラプソディ、無學者論に負けず、いづれどうにかするとして、今はそのまゝにしておきます。

# もののふ 「もの」の意味は前回述べた。が、正確に引用すると〈形があって手に觸れることのできる物体をはじめとして、ひろく出來事一般まで、人間が対象として感知認識しうるものすべて。コトが時間の經過とともに進行する行爲をいふのが原義であるのたいして、モノは推移變動の觀念を含まない。むしろ、變動のない対象の意から転じて、規定の事實、避けがたいサダメ、不變の慣習法則の意を表はす。また、恐怖の対象や口に直接出すを憚る事柄などを直接に指すことを避けて漠然と一般的存在として把握し、表現するのに用ゐられた。この「もの」の「府」=「もののふ」、これに当てられた漢字は「物部」「武士」で、どうして武人に限定されるやうになったかは「武具や刑罰を直接口にするのを憚ってモノと言ったため」と岩波古語辞典では語釋されてゐる。
で、今度は「マスラヲ」、これも古代日本の男性像を表現した語だが、今回は愼重に辭書(岩波古語辞典)からの引用だけとしておきます。

# ますら 「ます」はすぐれてゐること、「ら」は状態をいふ接尾語。①男子のすぐれた樣。【ますらがみ】雄々しい神 【ますらを】①「たはやめ」の對、雄々しい男兒、立派な男子。上代では「大夫」と書き、朝廷官僚の事。
○平城京時代=天平時代の「ますらを」像

|丈夫と思へる吾や、水莖の水城のうへに涙ぬぐはむ 『萬葉集』卷六0968
(マスラヲとおもうてゐる自分も水城の上に立つと涙拭ふことであらうか)
{こゝにはすでに「あはれ、アッパレ」の文武兩道的男性像の造形があるだらう。

|千萬の軍なりとも言擧げせず、取りて來ぬべき男wonokoとそ思ふ 
(どんな敵だらうが「千萬人と雖も吾往かむ」と無言のうちに、肅々として立ち向かふ男兒だと思うております。

母の元明天皇の後を繼いで、聖武天皇にバトンタッチするまでの間を務めた處女天皇の元正天皇068048の御製とされる、
|大夫の行くとふ道そ、おほろかに思ひて行くな、大夫の伴 
(マスラヲの行くといふ道、おろそかに思うて行ってはなりませんぞ。

そして、この直後に、山上憶良066033が死の床にあって涙ながらに口にしたといふ、辭世ともされて有名な
|士wonokoやも空しかるべき、萬代に語り繼ぐべき名は立てずして
(男ならば、後世に語り繼がれるやうな功名を立てなければ、空しいではないか!
が置かれてゐる。

このやうに、奈良時代、はやくもその後の日本人が理想とする男性像が「たはやめ」の女性像と一對にされることでなほのこと、高々と自覺、意識されてゐたのであった。






「あはれ」と「アッパレ」{後で


日本人は刀とともに常にあった。その歴史の長きに渡り、刀は日本人の魂の象徴となった。
刀による教育。「鞘に納った刀」となる事。これがわが「士人」教育の象徴的表現である。

「元来、文武は一徳であって、別々のことではない。武のともなわぬ文は眞實の文でなく、文のともなわない武は眞實の武ではない」中江藤樹160848『翁問答』  文は仁道の異名であり、武は義道の異名である。根本の徳を第一につとめ学び、枝葉の芸を第二に習い、本末を兼ね備え、文武合一であるのを真実の文武といふのである。

| 憂きことのなほこの上に積もれかし、限りある身の力ためさん 熊澤蕃山161991

|かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂 吉田松陰183059

そして、明治維新は、西郷隆盛182877の『遺訓』に代表してもらおう。

政の大體は、文を興し、武を振ひ、農を勵ますの三つに在り。其他百般の事務は皆此の三つの者を助くるの具也。 

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬ也。 
道を行ふ者は、固より困危に逢ふものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生などに少しも関係せぬもの也。事には上手下手あり、物には出来る人出来ざる人あるより、自然心を動かす人もあれども、人は道を行ふものゆゑ、道を踏むにも上手下手もなく、出来ざる人も無し。故にひたすら道を行ひ道を樂み、もし艱難に逢うて之を凌んとならば、いよいよ道を行ひ樂むべし。予、壮年より艱難と云ふ艱難に罹りしゆゑ、今はどんな事にであふとも、動揺は致すまじ、それだけは仕合せ也。 
事に当り思慮の乏しきを憂ふる事勿れ。凡、思慮は平生默坐靜思の際に於てすべし。有事の時に至り、十に八九は履行せらるるもの也。事に当り率而に思慮する事は、たとへば臥床夢寐の中、奇策妙案を得るがごときも、明朝起床の時に至れば、無用の妄想に類する事多し。 
人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を盡て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。

現代日本の政事家、官僚どもよ、「下僕」になれとは云はぬ、「大夫」となれ。
日本の官僚が實權を掌握するのは、彼等が持續的な組織體であるからだ。民主主義の政治家は選挙制度によって必然的に斷續的な存在とならざるを得ない。官僚にはそれがない。その事が、民主主義政治を彼等が阻害する原因となってしまふ。
彼等官僚に公僕としての士大夫の自覺と節度があるのならば、彼等に行政を任せるのが最も合理的なのだが。殘念ながら、人間の組織は(蟻や蜂の組織とはちがって)必ず頽廢腐敗、墮落していく。





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