天皇制と日本について:『きよきまなじり*つよきまなざし』のための


集語「劇場国家、ヌガラ」の末尾に附け加へた天皇制についてのわが見解、に引き続けて、


○天皇制と日本について私的な見解

「戦後生まれの僕等の世代にはもう天皇や皇族にたいする尊崇の氣持はありませんよ。僕自身にしても、さうした感情といふか情動はない。現在の日本人の大半が敗戰後の生まれであり、天皇が人間宣言なされてから生まれた者ばかりです。それ以外の戦中派にしたって、幼少年期だけですからね。今更、天皇制って云ってみたところで、シカケといふかカラクリが見え透いてますからね、日本人にたいする精神的影響を発揮するチカラタカラは使ひつくされてゐるだらうと僕は思ひます。
「僕はね、明治以來、最も日本を裏切ったのは天皇家ではないかと思ってきたし、今でもさう思ってゐる。日本への裏切と同時に自己否定でもあった。明治維新に成功して、鹿鳴館風の脱亞入歐、その先頭に模範となったのが、ならされたのが天皇家であった最も本格的な西洋教育を施された聖家族、ロイヤルファミリイとなって、そこに日本の純粹なる精魂が同居できたとはとても思はれない。さうして、國民の見本となり、御輿に擔がれ、いいやうに(君側の連中やら暴走軍部に)利用され、そのあげく敗戰の責任を取らされて人間宣言、そして、戦後はさらなる歐米化を求められ、マスコミ好餌の対象となり、ゲスな好奇心に弄くりまはされるだけの存在にまでなってゐる。
「今上の天皇はその「お人柄」がとても誠実さうで、庶民出身の皇后も御同様で(先頃の大地震の時には)まるでよき日本人の手本を見てゐる氣分になったが、それに重なって、天皇ってのも大變な「職業」だなと思はれた。天皇家に生まれたばかりに生きたいやうに生きることもできず、衆人環視にはつねに微笑でこたへなければならず、遠慮會釋もなくなった報道陣には針小棒大にゴシップ、スキャンダルに曝され、まるでそこらの歌舞伎役者と大差ない。いたはしい、いたましい。同情といへば同情だけど、そんな程度のものです。

これが現実の私の、『きよきまなじり*つよきまなざし』の作者ではない私の天皇とその制度の現実にたいする率直な見解である。


明治維新の時に、天皇家の扱ひについて、福澤諭吉183501は警告するやうに記してゐる。

帝室は政治社外のものなり。 苟も日本國に居て政治を談じ政治に關する者は、その主義に於いて帝室の尊厳とその神聖とを濫用すべからずとの事は、我が輩の持論にして、之を古來の史乗に徴するに、日本國の人民がこの尊嚴神聖を用ゐて直に日本の人民に敵したることなく、又日本の人民が結合して直に帝室に敵したることもなし。 帝室は萬機を統るものなり、萬機に當るものに非ず。統ると當るとは大に區別あり。 福澤諭吉『帝室論』



天皇とそれを精神的中心とする政治體制(日本)についての正論、ここにあり。
天皇の權威の神祕は、隱れてゐる/隱されてゐるところに發生する。それを昼日中、御輿に擔いで「萬機に當たらせた」。
私が思ふところ、天皇制の祕訣要諦は、西行111890伊勢神宮で詠った、


なにごとのおはしますかはしらねども かたじけなさになみだこぼるる


にある。このやうな「あるかなきか」の風情の有難味、「あるやうなないような」な氣分で天皇制を維持してきたのであった。これが、日本人的な尊崇感、信仰心の姿なのだ。

天皇は「隱れた/隱された」存在であることによって日本に機能的であった。
天皇が隱れてゐる時、この國は平穏であり、天皇が表立った時、この國は亂れた。

天皇が表立った時、この國は必ず亂れる。日本史をきちんと勉強することのなかった維新の志士、ど田舍の下級侍たちの淺智惠が西洋直輸入の物眞似で、天皇を皇帝として國家の最前面に押し立て、のみならず現人神として顯現、現前させた時、天皇制はすなはち危機に瀕したのであった。
天皇を皇帝にして、帝國憲法のなかに金糸で縫ひ込み、その威光の陰に隠れ、國家神道なる、これも安直な綜合化を強制し、こゝにも天皇を現人神として置き、あらゆる制度に天皇の御璽を押して囘り、現人神の日常茶飯化はたちまち天皇からアウラを漂白していった。
そして、敗戰後の民主主義となった日本=ジャパンにおいては、天皇は古き日本の尻尾のやうな無用の長物、餘計な遺物となってゐる。その存在の可否について兩論對立させるといふ点において國家統合を阻害する存在にすらなってゐる、とまで私などには思はれてしまふ。
天皇にしろ、靖國にしろ、今の日本人には(特に政事と経済の担当者などには)捨て去ってしまひたい厄介物でしかなにのではないか。

天皇を隱すこと ―― と『きよきまなじり*つよきまなざし』の作者となって私は思ひ考へを進めていく。
沈没していくだけの日本を起死回生へと動かすためには、天皇を動かすのがもっとも効率的かつ効果的だらう。隱れてゐた天皇を顯はすことによって明治維新は成功した。
だから、今度は天皇を隱せばいい」と簡単至極、コロンブスのタマゴに私はユレイカする。
どうやって動かし、隱すか、 ‥‥ と、
かうして私は『きよきまなじり*つよきまなざし』の構想と造形に深々と耽っていったのであった。





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