「劇場国家」(中村雄二郎『術語集』よりの集語、その他





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20100425{平城遷都一千三百年となった年のこの頃、私はその公的事業と競爭するやうにして、「祝祭から革命へと」などと妄想しつゝ『きよきまなじり*つよきまなざし』の構想と造形に熱中してゐた。わが「革命」後の「日本」の構想において刺戟的に示唆的であった一つとして、


○『きよきまなじり*つよきまなざし』構想のための「劇場国家」(中村雄二郎『術語集』よりの集語


12 劇場國家 ―― ヌガラ/模範的な中心/中空構造

{劇場国家といふ術語は、日本では專ら矢野暢の『劇場国家日本』1982によって「自前のシナリオを持たない国家」というオリジナルとはまったく異質の内容にすり變へられて流布してしまったが ―― と斷って、

 だが、ここでなによりの問題は、(自前のシナリオを持たない國家)ということよりもはるかに根本的な視点を持つ、Cギアーツ『ヌガラ ―― 十九世紀バリにおける劇場国家』1980Theater State の元々の意味が隱蔽されるやうになったことである。
はじめに、その Theater state 論の要点を述べておけば、西洋の国家や社界がもっぱら現実的=政治的な支配や権力から捉えられることが多かったのにたいして、ギアーツが儀礼的=象徴的な側面を重視して、まったく別なモデルを提出していることである。
すなはて、バリ島の歴史をみると、そこでのヌガラ=小国家は顯著な特徴として、専制的にも明確なかたちの統治にも向かわずに、むしろ見世物や公的なドラマ化をその役割とする方向を取ってきた。
> それは劇場国家であり、そこでは王や諸侯はインプレッサリオ=興行主であり、僧侶は演出家、農民は脇役、その他大勢であり、觀客でもある。
そして、ヌガラを舞台にして展開される、途方もなく大規模な火葬、削齒儀礼、巡礼、動物の供儀などは、何百何千といふ民衆と莫大な富を動員することになるが、それらは政治目的を達成するための手段なのではない。
そうではなくて、それらは目的そのもの、国家の存在する目的そのものなのである。
 このやうに、ギアーツは国家や政治と祭儀との、普通考へられている関係を逆転させる。
従来の国家論の用語で云えば、支配が顯在化している<管理国家>にたいする<祭祀国家>の観点を強く打ちだしたものとも言えるが、ここで重要なのは、そのことをとおして国家を動的な象徴表現として示したことであった。
そして、それは<道徳的な中心>とよばれる捉え方を軸として展開され、その捉え方のうちに王權の本性や基礎も見出される。
 <模範的な中心>の一つは、宮廷=首都であり、それは超自然的な小宇宙を表すと同時に、政治的秩序を物質的に体現している。また、特に重要な中心は<模範的中心のなかの模範的中心>としての王であり、王は<世界の基軸>だとして考えられる。
この場合、中心とか基軸とか言っても、それは権力的な力の根源としてではなくて、それ自身であるような、高度に象徴的な意味のものである。
これらの模範的中心は、一種の手本として、周圍に影響を持ち、周圍を作り変えていく力を持っている。
だが、模範的な中心の極致としての王を、まさにそういうものとして支え、成り立たせているものは何であろうか。
ギアーツによればそれは傳統的なバリ文化のうちで、一種の強迫觀念をなしてゐる「身分についての誇り、あるいは上昇志向」である。カースト制のなかでの身分の上下は生まれによって大幅に受け繼がれるが、上層の人々も下層の人々も、それぞれに威信についての涯私ない競爭の擒となっている。この場合、競爭は上層の人々のあいだで一層激しいが、下層の人々も上位の人々を眞似てその距離を縮めようとする。
それにしても、このような模倣の情熱を人々に発揮させる基本的条件は何か。
それは、ヌガラでは現実的な力を担う国家構造が遠心的拡散的に形作られ、構造的に現実的な重心がむしろ基底部にあるからである。
この遠心的/拡散的な国家構造は、ヌガラにおいて模範的な中心へと向かう求心的で統合的な集団的祭儀と対立しつゝ共存している。
すなはち、それは具体的な社界制度あるいは權力システムとして本質的に下部から上部へと積みあげられており、從つて、国家は構造上、上部に行けば行くほど壊れやすくなり、爆発しやすくなる。だからこそ、それを回避させるために模範的中心へと向かう求心的で統合的な集団的祭儀が働く。
つまり、集団的祭儀が現実的=政治的な力が働くのと別な象徴の次元で、たんなる飾り物としてではなく国家の主要な活動としてきわめて大きな意味を持つことになるのである。
 このやうなわけで、ギアーツの<劇場国家>論がもたらした一番重要なことは、上から下への支配を前提とする權力のシステムでないやうな国家の仕組みがありうるかどうか、もしあり得るとすれば、中樞の權力を持たないやうな国家を統合する働きをするものは何か、をバリ島のヌガラを例にして具体的に示したことであろう。
力学=機械論モデルによる近代国家、権力国家にもとづく国家の通念とは、およそ違った新しい国家モデルとして<劇場国家>を打ちだしたことであろう。
 このような<劇場国家>の在り方は(誰しも容易に氣付くように)祭祀性が國家の中心部分で、今なお大きな意味を持っている<天皇制>の問題と大きく触れあっている。
天皇制が中心の不在あるいは空の中空的な權力構造を持っていることとの関連は特に重要であろう。
かつて、或シンポジウムにおいて、三島由紀夫(『日本は國家か』1969)は、統治機構としての国家ないし政治をとことん突きつめていけば、抽象的技術的な大系になるはずであり、それはほとんど道義性といふものを脱却してしまうだらうと言い、祭祀の機能としての政治のほうにこそ道義性があると述べ、日本が国家として道義性を回復するためには天皇制本來の祭祀性を重んじなければならぬと説いた。
今、このような三島の発言を改めて引いたのは、そこで言われている道義性が、むしろシンボリズム(象徴表現、象徴大系)の問題として捉えなおされるべきだと思うからである。
河合隼雄(『中空構造日本の深層』1982)が指摘するように、中空構造の空なる中心を<西洋的父性>、つまり權力国家原理で埋めることの危險を顧みる必要があると思うからである。
すでに近代の日本では到底純粹なかたちでは成り立たず、權力国家原理という異質なものとのアマルガムでしか天皇制もあり得ない。
そのことをギアーツの<劇場国家>の考え方は思い知らせてくれるわけである。
{ヌガラの一つ、バドゥン王國はオランダ軍の侵略にたいし「劇場国家」にふさはしい「Show劇」的な演出で受難劇を演じてみせたのであった。1906年九月二十日。オランダ軍の抱圍に、華麗に正裝した王たちは王宮を出て、ガムランを打ち鳴らしてププタン=死への行進を始めた。王の後には、貴族僧侶兵士、そして庶民が續いた。恐怖を抱いたオランダ軍は發砲、次々と打ち倒されながらも行進は止まず、結果、銃撃が終った時、犠牲は數千人となってゐた。このププタンに加はれなかった老人や病人は自害した。王宮には火がかけられ、その庭には散亂した寶石の類が輝いてゐた。 ‥‥ 

天皇は本來女性的なものであった。だから、時の權力=男性と對立競爭することなく、融和合體できたのであった。天皇は、祭・政のうち專ら祭=祭祀を擔當する。そして当然、政治の格としては實際の(人事にかかはる)政事よりも(天神にかかはる)祭祀のはうがより重要度の高かった。 かうした日本政治の「權威と權力」の逆説的な(それこそメビウスの輪やクラインの壺のやうな)二重構造が、日本の政治を柔軟にして持續的なものにしたのであった。ところが、明治維新はこの日本的政治構造を廢して、西洋式に天皇を表に立てて、祭政一致の一枚看板にしてしまった。隠れてゐるからこそ神であった天皇を、日向に出して現人神としてしまった。瓢箪から駒に(といふよりジョウダンからコマに)明治維新を實現させてしまった地方出身の下級武士たちの日本といふ國家について無教養が大いなる錯誤を演じさせてしまったのである。