福田恆存『私の國語教室』より:集語




なぜ、私が「本字&舊かな」を用ゐるか、その理論的妥當性を補強すべく、少年期の私なりの疑問と結論の後で識った、(1960年の公刊だが、文庫本のかたちで私が手にしたのはずっと後になってからであった)福田恆存の『私の國語教室』から引用して置きます。



福田恆存の主張は(私にはきはめて正當なものと思はれるが、案の定)ドンキホウテ的孤軍奮鬪に終はった。敗戰後の一億總雪崩の日本人の「古い日本」全否定の志向にミソもクソもなかった。

かうして、易きにつくだけ現代日本語は、それに相應の日本人の心情を作りだしていった。

こんな破目になるのだったら、當時暴論と批判された敗戦直後の志賀直哉188371の「フランス語を日本の國語とせよ」の發言を採用しておくべきであったとさへ、皮肉でもなく私は思ふ。佛語を國語としてゐれば、今や世界語と化した英語にも今よりは斷然堪能になれたであらうし、それよりなにより、突然死させられた日本語が懷かしき故郷、ノスタルジイとなって日本人に憧憬され、大切にされてゐたであらう。それに、戦後から現在に至るまでの日本語のこのきはまりない慘状を見ることもなく ‥‥ 



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○福田恆存『私の國語教室』1960 より

昭和二十五年六月に文部省国語審議會は「國語白書」と銘打って「國語問題要領」なるものを發表してをります。(略)

だが、ここに注目すべきは、私たちの國語が混亂の極にあるといふ現状認識そのものであります。それは本當なのか。本當だとしても、それを救ふためには國語を易しくすればいいといふ、さういふ性質の混亂なのか。もつとはつきり言へば、先に混亂があつて、それがまづ最初に彼等の眼に映じたのか、それとも彼等には何か他に將來の目的があつて、その觀念に照らして現状を眺めた時、殊更に混亂が、それも或一面の混亂が眼を蔽はんばかりに途方もないものに見えてきたため、それを國語全體の大混亂と早呑込みしてしまつたののではないか。いや、さう早呑込みしてしまつたはうが、自分の觀念にとつて好都合だと思ったのではないか。
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例の「國語白書」においてもアメリカの教育使節團が提出した報告書を楯に取り、國語の表記法が複雜なため、文化の向上が妨げられてゐると述べてをります。言ふまでもなく、その複雜性は歴史的かなづかひと漢字から來るといふのです。これは「國語白書」ばかりではない。あらゆる國語國字改革論者の口にする決り文句で、誰が言ひだしたのか知りませんが、一人としてその眞僞を檢討する者がなく、 ‥‥ 
{どうやら戰後すぐのアメリカのアドヴァイスをオシツケの御方針として速斷鵜呑みにして、日本語改革に手を付けてしまったらしい。そして、一旦始めてしまへば後へは引けなくなる。よくある話だ。
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「現代かなづかい」や「常用漢字」採用は古典と一般國民との間を堰くに至るだらうと言つた。

しかし「現代かなづかい」と歴史的かなづかひとの差は難易にあるのではない。言語觀、文字觀の相違であり、原理の相違であります。

大衆が古典を讀むか讀まないかは第二義的な事で、古典をひたしてゐる言語文字と同じものが、同じ感覺に、彼等もまた浸されてゐる事が大切なので、それによつて彼等は古典との繋がりを最小限度に保ってゐるのです。
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これは「私の國語教室」の始めの方で既にもうした事ですが、言葉は客體であつて、同時に主體でもあります。時枝博士が二度三度にわたつて述べてゐるやうに、言葉や文字を正しく用ゐようといふ主體的意思が缺けてゐる、そのための混亂であるのに、さういふ態度の非を棚にあげて、たゞ國語國字を客體的に調査研究し、それに責めを歸し、言語文字そのものの側に合理性一貫性を要求するやうな改革では、結局、混亂と破壞しかあり得ぬでせう。言葉は文化のための道具ではなく、文化そのものであり、私たちの主體そのものなのです。それはそれとして事務用語をなどといふ事は考へられるはずのものではありません。むしろ二重國語を考へたはうが、より合理的と言へませう。
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明治以來の言文一致はその動機において正しかったが、結果的には大變な誤りを犯したと、私は考へてをります。なによりの證據は私たちの文學が詩を失ってしまった事です。といふ事は私たちが文學を失ったといふ事です。
それより困る事は、そのたびに各時代が表音式に表記していけば、國語の歴史性が失はれてしまふ事です。いや、事實、私たちの国語表記は鎌倉以後、とかくさういふ傾向を辿りがちであつた。すなはち、言語、文字、文法が音聲にたいして規範としての力を發揮し得るほどの自覺と能力とを持たずに時代を經てきたのです。それが江戸期の國學者や明治の歴史的かなづかひの成立によつて、やうやくその可能性を持ち始めてきたのに、その出端を挫くやうに戰後の國字改革がおこなはれたと言へませう。
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青少年に古典はおろか戰前の文獻すら讀めなくしてしまふやうな語彙制限、語彙改革の暴擧を、一體どこの國がおこなつたか。さういふ愚民政策を民主主義の名においてやつてのけた日本といふ國はまことに不思議な國柄である。
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言葉は手段であると同時に目的そのものである。自分の外にある物事を約束にしたがつて意味する客觀的な記號である同時に、自分の内にある心の動きを無意識に反射する生き物なのである。━━━━━━━━彼が言葉を選ぶのではなく、言葉の方がその時の彼に近づいてきて、彼を選ぶのである。
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戰後の国語審議會委員の半數は、國民が間違ったらその間違ひの方向に付いて行くべしといふ考へだといふ話を、當の委員の一人から聞いて