なぜ?私は「本字&舊かな」を用ゐるか:『思考と空想』

2013/0410{今回も思はぬ長文となってしまった。だが、無理強ひじゃないのだから、いいだらう。



○どうして私は日本語に「本字&舊かな」を用ゐるのか

私のタダでさへ解りにくいであらう文章、詞章が「本字&舊かなづかひ」とでさらに、讀み手である現代の日本人には難澀する(なかば飜譯を必要とするやうな)ものになってゐるであらうことは容易に想像される。
奇特にして貴重なる讀者各位には不便をかけ(不滿憤懣を抱かせ)、しかも、ネット上での檢索への不利、また同時飜譯も不可、などなど「本字&舊かな」を用ゐるデメリットばかりだが、宗旨替へはできない。覺悟の上、である。

私が日本語を讀みだした頃、父の書齋にあった本はすべて「本字&舊かな」であった。「漱石全集」などをはじめ、ルビ=フリガナの付けられた本も少なくなかったでの、讀むのにはさう苦勞はしなかった。むしろ愉しかった。すぐに慣れた。かうして、讀むといふことにかんして、私は現代の日本語よりも過去の日本語のはうに慣れてしまった。

小學校の授業で、私は「どうして、「地球」は「きゅう」とフリガナするのに「地震」は「しん」なのですか?、「政治」は「せい」なのに「統治」は「とう」なのですか??」と、それは嫌がらせではなく、私の眞劍なる疑問であった。同じ文字が清濁によってその訓みが相違するのが、子供心にどうしても不可解だった。
すでに「本字&舊かな」に慣れてゐた私は、地震が「しん」であり、政治が「せい」であること、宮澤賢治が「ケン」であることを識ってゐた。そして、合理的は云ふまでもなくこちらにあることを。
敗戰後に新しい日本語になった時にさういふことになった、といふ通り一遍の解答しかしてくれなかった。
私の疑問は疑問のまゝ殘され、さうして現代日本語への不信が芽生へていった。

私が生まれ育った縣である靜岡を「しづをか」から「しずおか」に、淡路を「あはぢ」から「あわじ」に、かうした實例を掻き集めながら私の現代日本語にたいする不信は凝り固まりゆき、かうした變更の必要性がない(と私には思はれる)、理由の認められない變更をおこなった理由は何だったのか、疑問は深まって、動機探しの推理となっていった。
そして、
數年掛けて到達したわが結論は、敗戰後の日本が敗戦以前の日本と斷絶せんがために日本語を根本から作り變へたのだ、といふものであった。漢字の裏に隱れて目立たない訓みの部分を變更することで、訓みといふ日本語の表記にとって最も根本的な部分を變更してしまふことで決定的に新舊を斷絶させてしまふ。さういふ意圖なり、陰謀がありありと察せられたのであった。
そして、事實、戰後の日本は戰前の日本と文化的に斷絶してしまったのであった。

団塊世代の端くれである私が中高生の頃、すでに森鴎外186222や夏目漱石186716の文章が「原文」で讀めない状況になってゐた。
今はもうどの邊りまで來てゐるのだらうか。谷崎潤一郎189972や川端康成189972は無論のこと、太宰治190948、あるいは三島由紀夫192570までも、「原文」では讀めなく、いや讀まなくなってゐるのだらう。お上の方針には(何時だって)諸手をあげて賛同してしてしまふマスコミやら出版社のオカゲで。

「原文」を「飜譯」するといふのが、古來からの日本人の文學的のみならず文化的な流儀ではあった。
流入してくるモノ・コトを柔軟に受容して、換骨奪胎して我が物にしていくのが日本人の習性であった。
この習性、流儀をなんと自分自身の過去、日本語ひいては日本文化にたいしてもこの現代の日本人はやってゐるのだ。タコが自分の足を食ひだしたやうなものだ。

日本人の父親殺し、エディプスなるコンプレクス、
そして、解放された女體(日本人)は新たな若い異國の男へとツルミゆくのだ。
かうして、私はハムレットとして呟かなければならぬ、「チョウツガヒをはづしてしまった日本人、おゝなんと忌まはしい、これを直すためにオレが生まれてきたとは!

勿論、その後の私は復讐のハムレットにはならなかった。
所詮、多勢に無勢、戰を挑むのもバカらしく、私はもう一人の死ぬ間際のハムレットとなって「後は沈默」と呟き、私のはうからこの忌々しい現代日本からの斷絶を圖ったのであった。
老荘思想と陶淵明と、レオナルドとポウの名探偵デュパンに影響されたヴァレリイとを左右の枕に居睡り、繭に隱り、子宮のごとき浮遊の時空に胡蝶となって遊び、自家中毒氣味ながらも隠遁生活を一応の目途としてゐた還暦まで守りつづけた。 ‥‥

すでにして西暦1945年の敗戰から七十年近い時間が過ぎてゐる。日本人の後世がほぼすべて戰後生まれとなった。
もはや、戰後の日本人は戰前とそれ以前の連綿たる日本とは精神的な繋がりは皆無に等しくなった。無論、肚の底、胎藏界の如來藏、無意識の層においては脈々と日本人のチカラタカラヤカラは息づいてゐるであらうが。 ‥‥

今の日本人は(以前にも増して)ホンヤクマンガとでブンカをすます。みづから咀嚼する氣持も力もない。なんでもかんでもマンガに飜譯して繪解きしてやらなければ嚥下もできず、咀嚼もできなければ消化もできない知性になってしまったのだ。一種の流動食、即席ラアメン、ファストフウド、 ‥‥
主體性にはさらに欠け、對人關係にばかり意を用ゐ、自分自身への配慮をさうした「他人任せ」に狂じさせて、「自分はどこから來て、何者であり、どこへ行かうとしてゐるのか」といふ存在論=アイデンティティについては思ひ考へも及ばない。
占領駐留の米軍に押し付けられた、(アメリカ自身は用ゐないほど)理想的なる民主主義をお仕置きにお仕着せられ、自己去勢的にミソクソもなく自己否定して、アメリカの庇護のもと、軍事から開放され、經濟復興に一邊倒となり、奇跡の高度經濟成長を演じてゐるうちにすっかりエコノミックアニマルと化した日本人、アメリカさまさまのおかげで、曲がりなりも明治維新以來の悲願たる脱亞入歐をはたし、精神的にはアメリカ人、なのに英語の話せぬ名誉白人、 ‥‥
發音まで和譯された Japannglish が横行闊歩、幼稚未熟な現代日本語は日常茶飯に滅茶苦茶になりゆき、貞操まもる氣持もなく、大股開きに受け入れて、グロテスクなるアイの子の、これがブンカだゲイジツだ、 ‥‥
マッスメディアの洗腦に朝からアタマを洗はれて、抜毛薄毛の後遺症、なすすべもなく ‥‥
かうして、日本語は國語としてチカラタカラを喪失していった。

現代表記の日本語は、もののみごとに日本人を過去の日本文化全般と斷絶したのである。
教育によって我々日本人は日本を喪失させられたのだ。日本人自身の選擇において。

何でもが飜譯される文化、何でも圖解、繪解きしてしまふ文化。それが日本人だ。今も昔も變らず。
半島や大陸からの文化を受容して、それを日本的に換骨奪胎していく作業のうちにすっかり飜譯が本能となり、飜譯のさらなる應用のやうにそれを圖解する手法を、たとへば繪卷といふやうな形式を日本人は工夫していった。
飜譯と圖解、かうした日本人の性向は戰後、ますます盛んとなり、なんでもかんでもがホンヤクでありマンガ、マンガはさらにアニメ、ゲイムとどこまでその傾向に拍車をかけて、今や國策指導の世界に流布する Japan Culture の中心とさへなってゐる。まったく私などには呆れはてるばかりのゲンジツだが、これが現在只今の日本人なのである。

もはやこの現代の讀者たちには、和漢洋を驅使した私の華麗奔放なる文章表現など味あふこともできぬだらう、大道藝のガマの油売りに大言壯語しておく。
なに、和漢洋なんて「わかんねえよう」ってか、

どうして私が日本語に「本字&舊かな」を用ゐるのか。結論といふか決意のやうに云へば、
それは、私の文章表現が過去の日本語の傳統に繋がりを持ち、連綿たる日本語の歴史が蓄積してきたチカラタカラを思ふ存分我が物にしたいからだ。「本字&舊かな」に習熟することで、過去の日本語と直接的關係が結べる。同時通譯のやうな飜譯作業をしないで、直接その肌に触れていけるからだ。
私は「本字&舊かな」と同じくらゐ古くから玄米を常食としてゐるが、今の日本語などまさに精米、白米のやうなシロ物だと思ふ。
口においしさを、たゞ呑みこみやすさだけを求めて、米の滋養となる分はすべて捨て去り、健康養生のタメにならないどころか惡役となってゐる。まさに、今の日本語がこの白米だ
ちなみに、
玄米を主食にしてきた私は(醫者に診せたくなるほどの)病氣一つせず、體形も青年の時のまゝ、髪も前髮垂らせるほどにも殘ってゐる。ま、玄米のおかげか、アタマのはうをすこしヲカシク作ってしまった兩親がその代はりにジョウブな體に作ってくれたおかげか、はたまた、あのカントにすら勝るとも劣らぬと自負する私の正確なる禁欲?的生活のおかげか、事々しく原因究明する興味(あるいは皆さんにはこちちのはうが興味津々かも知れませんが)は私にはないけれど事實は事實として ―― さういふことです。

讀書が趣味ですと口にするほどの人、すくなくとも文學關係の本を讀む人くらゐは「本字&舊かな」に日常的に慣れ親しんでもらひたい、と私は思ふ。慣れ親しめば、日本の過去の文章が通譯、飜譯なしで味あへるやうになる。勿論、私も「本字&舊かな」が明治維新時代に定められたといふことくらゐは知ってゐる。日本語は本來きはめて口語的で正統的となる統一的な表記は定められなかった。だが、今の日本語よりは斷然マシだ
うまくすれば、三十一文字の和歌もスラスラと作れるやうに、詠へるやうになるだらう。
第一、書きコトバの雰圍氣が濃厚に出てくる。和服を着こなした氣分になってくる。

文化勲章もらって近頃オダブツした丸谷才一は、文章は「少し氣取って書け」とアドヴァイスしたが、それをアレンヂして私は「少し氣取って讀め」と進言して、オチとする。




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