椿と櫻:『對のあそび』


椿は、學名に Camellia japonica があたへられるほど、日本を代表する照葉樹、一方
櫻は、花よりもむしろその紅葉が(私には美しい)落葉樹である。
花だけでなく、その花樹全體がそれぞれに日本人の生活に有益に用ゐられ、
椿は木材木炭、それになんといっても椿油として珍重され、
櫻は櫻で、サクランボウ、葉は櫻湯にされ、木材勿論、その樹皮は樺細工に、
と(何も競はせることはないけれど)甲乙付けがたい。

まるで對立的なほど對照的な(と私には思はれる)椿と櫻は、それぞれに日本人の心情、そのもっとも奥深いところの死生感/死生觀をも象徴するほどになった。

椿は利休と秀吉によって茶道家には好まれたが、江戸時代の武家には「首から落ちる」と嫌はれた(といふのは幕末以降の流言と今回調べて初めて識った)。また、古い椿は化けて出るといふ傳説が日本各地にあるらしい。

櫻については私が喋々するまでもあるまい。その咲き際よりも散り際のはうで、日本人の精神を最も鼓舞する力をいまだに持ってゐるだらう。花狂ひ、ま「花よりダンゴ」がゲンジツなんだらうけど。
櫻のはうの傳説は、うら若き妖精「櫻子」{さう云へば『萬葉集』に「櫻子」の悲しい歌物語があったのを思ひだしたが、これは後から附け加へることにしよう。


世の中にたえて櫻のなかりせば春の心はのどけからまし 業平
(つたなけれど、わがかへし


櫻のみならず、花のいのちの短さに、ものおもひする 春夏秋冬

咲くことは散るをおもはせ、いたづらにこころさはげる、どの花見ても

この在原業平082580の有名なる和歌、以來、
日本人は、櫻を中心に草花に思ひを寄せ、託し、包み隱すやうにして喜怒哀樂を表現してきた。
そして、このやうな營爲のうちに日本人の心性、情調が培はれ、養はれていった。
今や歌心は失はれてしまったやうだが、その心情は今でも日本人に遺ってゐるだらう(さう思ひたい)。

櫻を詠った歌はそれこそ櫻吹雪のやうに日本史の全體に(辭世やら何やらと)亂舞してゐる。
西行111890だけでも、いくらでも紹介したい歌があるけれど、
今回は、明治時代の名花二輪、対照的ともいふべき二人の才媛の和歌、それぞれ椿と櫻の詰め合はせで紹介しよう

樋口一葉187296{本名、夏子。生前、これほどはないといふほど金錢に苦勞させられた人が、今では五千圓札に印刷されて、これほどの皮肉はないだらう。

櫻花、遲しと待ちし世の人を愕かすまで、咲きし今日かな


山鳩の、雨よぶこゑにさそはれて、庭に折々散る椿かな 


與謝野晶子187842{本名、鳳晶(鳳が姓で晶が名)。ホウショウかい、などと駄洒落で彼女の名前を覺えたのを思ひだした。澤山子供も生んだ良妻賢母だったし、GreatMother の風格あり、でこっちを五千圓札に使へばよかったに。あ、さうか。その子孫にあまり感じのよくない政事家がゐて、それが原因だとしたら、まどうでもいいか

椿散る、紅椿散る、椿散る。細き雨降り、鶯啼けば


 大空の、灰がかりたる下に散る、身も世もあらず、かなしき櫻 

 

予定では、椿を見れば私に呟かれてしまう河東碧梧桐187337の「赤い椿白い椿と落ちにけり」を取りあげ、それに對置する「」の歌を、
正岡子規186702門下で、子規に「虚子は熱き事火の如し、碧梧桐は冷やかなる事氷の如し」と評され、門人雙璧と稱されたが、後に革新(碧梧桐)と保守(虚子)といふ對立關係となり、その碧梧桐が死んだ時に「たとふれば獨樂のはぢける如くなり」と絶句した高濱虚子187459に探したが、碧梧桐の「椿」に對立させられるやうな「櫻」が、私の好みでは見付からなかった。「滿開にして淋しさや寒櫻」は弛みに緩んで凛とした氣配は皆無だし、「徐ろに眼を移しつつ初櫻」も芝居がかったワザとらしさしか感じられない。



あ、それからもう一つ、碧梧桐の「椿」と同じくらゐ、を見るとどうしても想起してしまふ梶井基次郎190132の「『櫻の下には』も、このわがための飾り棚に陳列しておきたくなった。
短篇といふより散文詩と云ったはうがいい作品だ。{短いものだから、縮小して、こゝに置いておく。
梶井基次郎190132『櫻の樹の下には』1927/12(昭和二年十二月)

 櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる!
 これは信じていいことなんだよ。何故つて、櫻の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが來た。櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。

 どうして俺が毎晩家へ帰つて來る道で、俺の部屋の數ある道具のうちの、選りに選つて小つぽけな薄つぺらいもの、安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のやうに思ひ浮んで來るのか――お前はそれがわからないと云つたが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやつぱり同じやうなことにちがひない。

 一體どんな樹の花でも、所謂真つ盛りといふ状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神祕な雰圍氣を撒き散らすものだ。それは、よく廻つた独楽が完全な静止に澄むやうに、また、音楽の上手な演奏がきまつてなにかの幻覚を伴なふやうに、灼熱した生殖の幻覚させる後光のやうなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。
 しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののやうな気がした。俺は反對に不安になり、憂欝になり、空虚な気持になつた。しかし、俺はいまやつとわかつた。
 お前、この爛漫と咲き乱れてゐる櫻の樹の下へ、一つ一つ屍體が埋まつてゐると想像して見るがいい。何が俺をそんなに不安にしてゐたかがお前には納得が行くだらう。
 馬のやうな屍體、犬猫のやうな屍體、そして人間のやうな屍體、屍體はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。櫻の根は貪婪な蛸のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食糸のやうな毛根を聚めてその液體を吸つてゐる。
 何があんな花辨を作り、何があんな蕋を作つてゐるのか、俺は毛根の吸ひあげる水晶のやうな液が、静かな行列を作つて、維管束のなかを夢のやうにあがつてゆくのが見えるやうだ。
 ――お前は何をさう苦しさうな顔をしてゐるのだ。美しい透視術ぢやないか。俺はいまやうやく瞳を据ゑて櫻の花が見られるやうになつたのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神祕から自由になつたのだ。
 二三日前、俺は、ここの溪へ下りて、石の上を傳ひ歩きしてゐた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげらうがアフロデイツトのやうに生れて來て、溪の空をめがけて舞ひ上つてゆくのが見えた。お前も知つてゐるとほり、彼等はそこで美しい結婚をするのだ。暫らく歩いてゐると、俺は変なものに出喰はした。それは溪の水が乾いた磧へ、小さい水溜を残してゐる、その水のなかだつた。思ひがけない石油を流したやうな光彩が、一面に浮いてゐるのだ。お前はそれを何だつたと思ふ。それは何萬匹とも數の知れない、薄羽かげらうの屍體だつたのだ。隙間なく水の面を蔽つてゐる、彼等のかさなりあつた翅が、光にちぢれて油のやうな光彩を流してゐるのだ。そこが、産卵を終つた彼等の墓場だつたのだ。
 俺はそれを見たとき、胸が衝かれるやうな気がした。墓場を発いて屍體を嗜む變質者のやうな殘忍なよろこびを俺は味つた。 この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鴬や四十雀も、白い日光をさ青に煙らせてゐる木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には慘劇が必要なんだ。その平衡があつて、はじめて俺の心象は明確になつて來る。俺の心は惡鬼のやうに憂欝に渇いてゐる。俺の心に憂欝が完成するときにばかり、俺の心は和んで來る。
 ――お前は腋の下を拭いてゐるね。冷汗が出るのか。
それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のやうだと思つてごらん。それで俺達の憂欝は完成するのだ。
 ああ、櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる!
 一體どこから浮んで來た空想かさつぱり見当のつかない屍體
が、いまはまるで櫻の樹と一つになつて、どんなに頭を振つても離れてゆかうとはしない。
 今こそ俺は、あの櫻の樹の下で酒宴をひらいてゐる村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めさうな気がする。

 

 あ、それからまたもう一つ、私に忘れられない「椿」があった。
黒澤明が1962年に監督して三船敏郎が主演した映画『椿三十郎』、一輪挿しの椿のやうな中年の浪人と櫻のやうな若侍を主人公にした痛快娯樂時代劇。最後の三船「三十郎」と仲代「半兵衛」の決鬪の物凄さで有名な映画。
豫告篇でもないかと YouTube を探したら、あった。

当時、話題になった決闘場面もあった。



オペラ『椿姫』の事は、私は識らない。私は大のオペラ嫌ひだ。肥りきった脂ぎったテノールとソプラノが抱き合っての甲高い悲戀のデュエットなんて、聽いてられるかよってか見てられっかよ、キモチわるい。



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・amazon 『椿三十郎』関係