安倍晋三は安倍清明の血筋?『比喩と揶揄』

2013/0410

時には現在物、NewsTopic で遊んでみるか ――

安倍晋三君は安倍清明の血統なのか?



不死鳥のごとくにあの腹痛退陣から再度の首相に返り咲いた我等が日本の現代首相、安倍晋三の姓名、安倍といふ姓があの安倍清明と同じなのに氣が付いて(漢字に五月蠅い私は)氣になるやうになってゐた。

安倍晋三は安倍清明の子孫なのか?と、アベはアベでも阿倍でも阿部でも、安部でも安陪でもなく安倍安陪といふことを手懸かり頼りに、さうなのか?!と半信半疑のもと(さうであってくれと期待しつゝ)Wikipedia を見てみると、
その祖先は鎌倉亂世の頃の安倍宗任となってゐる。しかし、
この本州北端を本據地とした安倍氏の者が、どうやって江戸時代には本州の西端の長州は山口縣の庄屋となってゐたかは不明、Wikipedia が引用する『閨閥ナントカ』といふ本では「家系図をひもとくと安倍家は、鎌倉時代以前の奥州征伐などで名高い阿倍比羅夫、前九年の役の安倍貞任にまで繋がる歴史ある名門である」とあるだけでオチャを濁してゐる。

だが、その續きの Wikipedia の記事に私は刮目と云っていいほどに目を瞠った。
な、なんと!安倍家に長年仕へた元家政婦なる者が(主人家の系圖を私のやうに疑ったわけではないだらうが、しかし明らかに何らかの疑惑を懷いて)安倍一族(と云へば森鷗外に同名の同名、いやこっちは『阿部一族』であった。あゝややこしい)の本據地であるとされる奥州各地の市町村役場を虱潰しに調べて(なんだろこの熱意は、さうしないではゐられなかった彼女の動機は?、こっちのはうが興趣あるナゾとなってくる)、その結果、油谷町なる所に土着した安倍一族が宗任の血統であること、青森県五所川原の石塔山は荒覇吐arahagaki神社(なんかヨコミゾミナカミの小説のやうにおどろおどろしくなってきたぜ)がその宗任の墓所であることを突きとめた。

さらに續く記述に、私は鼻の穴まで大きくしてゐた。私には俄には信じがたいことであるが、
なぜか安倍家は、この元家政婦なる者の「餘計な親切大きな御世話」と普通には思はれるはずの主人家の先祖探しを(その結果が好ましかったからだらうか)全面的に、公式に採用したらしい。晋三の父、晋太郎が自民党の総裁選に立候補した時、長男の晋三夫婦をはじめとして一族眷屬引きつれ必勝祈願を兼ねて初めてそのアラハガキ神社を參詣した。
そして、
私の口までアングリさせるやうに、その時、この案内役を買って出たのが、あの「ゲイジツはバクハツだ」の岡本太郎であった(彼もまた安倍一族に屬するとか)とあるから、まるでほんたうに日本的ミステリイ推理小説のネタになるやうな、したいやうなキキカイカイの感じになってきた。

しかし、結局、清明の事は出てこなかった。
だが、私はマユにツバして、まだ安倍清明説に拘ってゐる。
ま、系圖自体は、始祖としてはミドルクラスかそれ以下だし、信じてやってもいいのだが、しかし、
私には ―― 私が直感した安倍の清明、あの小説からマンガ、メディアミックスのヒイロウとなった天才的陰陽師のはうに未練が(以下の動機によって)あるからであった。
といふのも、
彼が今回あまりにも劇的に現出したアベノミクスなるものが幻出=清明的マジックめいて感じられてしやうがなく、いづれはすぐにも雲散霧消してしまふイリュージョン、蜃氣樓(さう云へば阿部晋三のオヤジの名はシンキロウ(じゃなかったシンタロウ、たった一字違ひだ))と懸念されてしやうがないからだ。
あるいは、
直接の血統でなくとも、同姓の誼で安倍清明のチカラヤカラが捲土重來を期す晋三くんに取り憑いてゐるのではないか、(こっちの解釋のはうがいいかも知れない)。今時の老人は(政治家と雖も)マンガアニメの愛好家が多いやうだし、小説かマンガかアニメかゲイムか映画か知らないが、その魔術能力を知った晋三くんがわがヤカラかもと思ふ清明のチカラヤカラを夢見るやうに呼び寄せた、と。

昨年末以來の起死回生とも云ふべき日本經濟の復調ぶりのあまりの目覺ましさにたいして、「怠惰で否定的な」傍觀者にすぎぬ私などはどうしても疑惑の眼差しとなってしまふ。

2%のインフレターゲットなどと云ふが、明日の為替だってママならぬほどの怪物である世界経済がそんな日本の手前勝手な理想の操縱を許すだらうか。事実、過去には失敗した例ばかりではないか。
とてつもない反作用、とんでもない後遺症が今後の日本、特に庶民の生活に待ちかまへてゐるやうな氣がしてならないのである。

このやうに、アベノミクスをアベマジック≒ヤベエマジック と解いてしまふと、
このバブルよりもバブリイな感じのこのところの日本經濟のあまりもの急變ぶりが、俄なる心配事となってくる。素人覚えの生半可な魔術ほど恐ろしいものはない。

憂慮となった私の水晶ならぬ硝子玉には「一將功なって萬骨枯る」といふ格言が淡く浮かんできた。

当たるも八卦、当たらぬも八卦。だが、私は『易と曼荼羅』をきはめたとする自称陰陽師ではある。



(書きっぱなし、讀みっぱなせ。 

 追伸
これで、私は我等が日本の首相であるアベシンゾー君を、阿倍でも阿部でも、安部でも安陪でもなく、安倍と書くことをこれほどにはないほど明確に記憶した。
これが、私の工夫した記憶術の一つの実例である。このやうな、私が獨自に開發していった記憶法&記憶術については、もっとも効率的かつ効果的な InPut とOutput についての體系的著述のなかで、獨學&獨習のススメといふかたちで披露する機會があるかも知れない。


 註記
# 安倍清明の系統は、その親の代すらアヤフヤのやうだが、一應、安倍御主人に縁づけられてゐる。御主人やら比羅夫やら、そこまで(西暦七世紀頃)行けばもうどうにでもなる、安倍晋三君と陰陽師安倍清明とは同族=ヤカラと云ってよい。ま、今時、系圖などまともに信じる者もあるまいが。
# 古い時代の日本語にとっては、漢字は当字のやうなものであって、安倍だらうが阿部だらうが、それがアベと讀めるのであればどうでもよかった。云々



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