「タマ/タマシヒ」折口信夫『劍と魂と』1932;Word of World


日本人の靈魂觀「タマ、タマシヒ」について


↑ Art of Heart ――――――――― 思考 69 空想 ―――――――――― Word of World ↓


折口信夫188753『劍と魂と』1932からの集語、

わが『きよきまなじり*つよきまなざし』のための  
オホクニヌシの命がスクナヒコナの神を失って海岸に立って愁へてをられると、時に神光ayasikihikariに海原を照らして忽然tatimatiに浮かび來る神があつた。「何者だ」と問ふと「俺はお前だ、お前の荒魂和魂奇魂だ」と答へたといふ神話がある。
外から來て帝王となるべき人、あるいはその土地を治める人の持たなければならぬ威力のあるタマシヒが数種類ある。荒魂・和魂・奇魂もそれに他ならぬ。そして、これらのタマシヒは大和の三輪山に祀られたのである。
この神話は、タマシヒがオホクニヌシに憑いて、オホクニヌシが此世を治める資格を得られたことを示してゐる。この強い威力のあるタマシヒが憑いて威力を生じ精力を益すのであった。 ‥‥
タマゴの古い語はカヒ(穎)である。また「蠶」にもこの意味があったのだらうと思はれる。
物を包んでゐるのがカヒで、ちやうどモナカの皮のやうに物を包んでゐるものを言ふのである。
このカヒは密閉してあって、穴の空いてゐないのがよかった。その穴の空いてゐない容れ物に、何處からともなく入ってくるものがある。それがタマシヒで、この中に或期間を経過するとタマシヒが成長して、そのカヒを破って出現するのだ、と古代の人々は考へたのである。
昔の人には石が大きく成長していくものだといふ信仰があった。この考へがなかったならば、「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の蒸すまで」の國歌に歌はれた考へは成立しないのである。
この石成長の信仰はタマシヒ成長の信仰と相關するものである。
 ‥‥ 
 &
記紀に天子樣の御身體のことをばスメミマノミコトと申しあげてゐる。スメは神聖を表す尊稱、ミマは本來肉體を賞する語で、したがってスメミマノミコトとはタマシヒの入るべき天子樣の御身體のことである。タマシヒの容れ物が畏れ多いことではあるがスメミマノミコトに他ならない。
日本紀の敏達天皇の条に、天皇靈といふ語が見えてゐるが、この天皇靈とは、天子樣としての威力の根元の威靈、すなはち外來魂そのものであって、マナアがスメミマの命であるところの御身體に入って、天子樣は偉い御方となられるのである。この天子になられるに必要な外來魂なる天皇靈は、イツ(ミイツ御稜威)と稱するタマシヒである。
スメミマの命には生死があるけれども、この肉體を充たすところのタマシヒ(天皇靈)は終始一貫して不變であり、かつ唯一である。
したがって、たとへ肉體は變り異なることがあっても、この天皇靈が入れば全く同一な天子樣となられるのであって、この天皇靈を持ってをられる御方のことを「日の御子」と申し、この日の御子とならるべき御方のことをば「日繼の御子」と申しあげる。ゆゑに、天子樣御一代にはこの日繼の御子は幾人もおありなされるのである。
日繼の御子の地位に在られる御方から天皇になられる御生命は、事實上時の流れと同樣繼續してゐるのであるけれども、形式上一定の期間、一旦蛻の殻にならなければならないのである。
すると、この間に天皇靈がその肉體の中に入り來ると信じた。そして、これが完全に密着すると、その者は俄然新しい威力が具はり、神聖なる天皇の御資格を得られるのである。そのタマシヒはおそらくイツであらう。大嘗祭にこのイツが天子の御身體に憑依するのである。
先の天子が御崩御あそばされて、日繼の御子のなかの御一方に尊いタマシヒが完全に御身體に憑依し、次の天子としての御資格を得られるまでは日光にも外氣にも觸れさせてはならないのであって、もし外気に觸れたならばただちにその神聖味を亡失するものと考へた。
ゆゑに、眞床襲衾で御身を御包みしたのである。
古代には、死と生とが明らかに決まらなかったので、死なぬものならば生き返り、死んだものならば他の身體にタマシヒが宿ると考へて、もと天皇靈の憑いてゐた聖躬と新しくタマシヒの憑くための御身體と二つ、一つ衾で覆つてをいてさかんに鎭魂術をする。
この重大な鎭魂ミタマフリの行事中、眞床襲衾といふ布團の中に隱って物忌みをなされるのである。
その外來魂の來觸密着を待つ期間をも「」と稱するのであって、喪に服してをられる間に復活あそばされるといふ信仰であった。
瓊瓊杵命は眞床襲衾を被って假死の状態でこの國土に天降りあそばされたが、あの木花開耶比賣命と石長比賣との話が出てくる吾田の笠沙の御前において初めて復活せられたのであると信ずる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━