萩原朔太郎と荻原守衛 or 女と城:『對のあそび』

 フランス付いたついでに、もうひとつ、わが若き日の、懐かしき「フランス」の事が思ひ出されてきた。

私が物心ついて、獨りで読みはじめたうちの印象的な作者の一人が江戸川亂歩であった。そして、江戸川亂歩が「エドガーアランポー」をもじったペンネイムと識り、本物の Edgar Allan Poe へと私の文學の興味と關心は移っていった。
このポウが、フランスはパリを私に強く印象づけた。
ポウが推理小説といふジャンルを開創した三つの短篇のその主人公、August Dupin 、パリに隠棲する没落貴族の末裔といふ設定、そして、その明晰な頭脳とともにその異樣な生活ぶりが少年の私を魅惑した。私同様、おそらく本場のボウドレエルも、マラルメも、ヴァレリイも、パリを訪れた事もないアメリカの小説家が作りだしたこのパリジャンに憧れた、はずだ。

「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し

 せめては新しき背廣をきて きままなる旅にいでてみん。
と、
萩原朔太郎の詩集をポケットに入れて私が生まれて初めての一人旅に出向いた先は、江戸川の亂歩でもなく、朔太郎の利根川でもなく、信州は千曲川の彼方であった。
勿論、藤村ばりの千曲川純情の旅情が目的ではない。性に目覺める頃にあった私には、ある隱微なる企てが懷かれてゐたのであった。その実行のために。
富士川に沿った身延線から甲府で乘り換へて信州安曇野へと、まさに

「汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ」

の夢中状態で、旅窓の(初めて見る異郷の)光景は流れ去るに任せるしかなかった。


私の懷いた隱微なる企てとは、荻原守衞の生まれ故郷に建てられた彼のための美術館に行き、そこで彼の名作、刺戟的ポウヅの『女』の絵葉書を買ひ求め、それをわが思慕する年上の人のもとへ投函するといふものであった。

ハギワラじゃなくオギワラ、ね」と読み間違いを訂正されて、はげしい羞恥心とともに、私はその美術担当の、彫刻をやってゐるといふ、ちょっとモンマルトルのモジリアニのモデルに紹介したいやうな長い首とスラリとした細面の、學校出たての女教師に思慕してしまってゐたのであった。

絵葉書郵送は、私の欲望を包み籠めた愛の告白のつもりであった。だから、犯罪の計画と実行のやうに私を夢中に昂奮させたのだ。

何時しか、私は夢のなかのやうにして荻原守衞の作品のために作られた、まるで夢に出てくるやうな奇妙な建物の前に立ってゐた。
隱微な計画のゆゑに、まるで娼婦の館に入るやうな、成人映画の切符を買ふやうな思ひをして中に入った。
入館者は誰もゐなかった。だが、
その『女』を私は直視できなかった。目の前の『文覺』のごとくに腕を固く組み、虚ろとなっていく視線を右往左往、見たいと思ふ『女』を見ることができず、氣持惡くなるほどに鼓動を高ぶらせてゐたのであった。
藝術じゃないか、彫刻じゃないか、ブロンズじゃないか、と思ってもダメだった。
視線の片隅に、ぼんやりとしたそのブロンズ彫刻は艶やかな光沢を帶びて、生々しい女體の妄想となっていった。


逃げ出すように私はその忌まわしい美術館を立ち去った。
絵葉書を買ってくるのを忘れたのを思ひだしたのは、汽車に乘ってからであった。

計画の実行にもののみごとに失敗した私は一氣に我に返った。
歸途、松本に途中下車して、烏城とも呼ばれる黒壁によって視覺にソラリジェーション的、一種異樣な松本城を或種の屈辱感でヂッと見詰めてゐるうちにさらに異様となって、これも失戀體驗なのだらうかと濠に身を投げんほどに佇んで、すごすごと駅に戻って行った。

かうして、この生まれて初めての旅の記憶は(なんたることか)松本烏城となり、荻原守衛の『女』はいまだになんとなく直視できないでゐるのである。


閑話休題、本題に戻ります。が、長くなったので一休み、すぐに續けます。



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