強力なるマクシム「汝自身を知るな」『比喩と揶揄』

ギリシア人は「γνῶθι σεαυτόν (gnothi seauton)、γνῶθι σαυτόνとも」汝自身を知れ」と、そのデルポイのアポロン神殿の入口に刻銘した。

言い出しっぺは誰かと云へば、ヘラクレイトスとかピュタゴラス、ソクラテス、アテナイのソロンとかミレトスのタレス、とか錚々たる名前ばかり並べて、この格言を黄金のごとくに保証してゐる。
だが、私は信じない

汝自身を知るな。
そんなものはイヤといふほど他人が教へてくれる。
汝自身が知った汝自身など幻影以外の何者でもない。
他人に思ひ考へられたやうな汝しか世界にはゐないのだし、そして、
やがて、汝自身、他人の思ひ考へるやうな者へと汝自身を近づけていく。
さうすることでしか、汝自身の煩悶は解消しない。悲しいことだけど。でも、
その頃には、自分が何者かといふ青臭い反問など雲に散り霧と消えてしまってゐるけどね。

自分自身を知ることの利点よりも自分自身を知らないことの利点を
チカラタカラとして思ひ考えろ。
自分を知るといふことは、自分の限界をみづから定めるといふことだ。
自分自身を知って「鳴かず飛ばず」の鳥になるより、
自分の限界を知らず「墜落もまた或種の飛翔」の翼となれ、闇雲に。

その結果の現実が、過酷にも汝自身が何者であるかを教へてくれるだらう。



追伸、
さういへば昔「肥った豚になるより痩せたソクラテスになれ」と卒業式で訓示した學長がゐたけれど、「どんなもんだらう」とソクラテスのトルソを見て、思はず首を傾げてしまった。そして「失礼じゃないか」と思はれてきた。豚と比べられたソクラテスに、それ以上に、ソクラテスに比べられた豚に。

この言い出しっぺは、近代のイギリス人、ジョンスチュアートミルださうだ。
これにも噛みつきたくなった、ソクラテスみたいに。乞ふ御期待



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