『死刑台のエレベーター』と『太陽がいっぱい』:『對のあそび』

『死刑台のエレベーター』と『太陽がいっぱい』:『對のあそび』

シネマ的ミステリイと云ったらいいのか、この二本の映画は本で読むミステリイとは別種のおもしろさを教へてくれた映画であった。
ストリイやプロットよりもむしろ、映像音響そのものの力によって描かれていくミステリイ
私にとって、その双璧とも云へるものがこの二本の、或意味どこまでも対照的な「シネマ」であった。

一九五八年に公開された『死刑台のエレベーター』はルイ・マルの処女作で、フランス映画の新しい波、ヌーベルバーグの先陣を切った映画で、マルは音樂を当時パリに來てゐたモダンジャズの鬼才、マイルス・デイビスに依頼した。マイルスは映像を見ながら、即興で付けていった。撮影はフランスの名手、アンリ・ドカエ
このドカエを起用して、二年後の一九六〇年に公開される『太陽がいっぱい』を作ったのは、同じフランス人監督のルネ・クレマンであった。音樂はイタリアの映画音楽の巨匠、ニーノ・ロータ。(ロータは撮影済のフィルムを送りつけ音樂を付けてくれといふクレマンの「非禮」に腹を立てながら、この映画の魅力を倍増させる名曲を作ったらしい)。

この二本のシネマの共通項は、撮影監督のアンリ・ドカエである。
{この事を識って、彼はわが日本の名手、溝口健二の『近松物語』や黒澤明の『用心棒』を撮影した宮川一夫
と双璧の存在となった。

Ascenseur pour l'échafaud 『死刑台のエレベーター』、舞台はフランスはパリ夜中、その夜の殺人事件をモノクロウムの暗鬱な映像で、
Plein Soleil 『太陽がいっぱい』は、舞台はイタリアの主にナポリ近くの日中、光あふれる海邊での殺人事件を明るいカラア映像で、

{このやうに(私にとっては共通的でありながらも)対照的な映像そして音響のシーンを、それぞれに凝縮したやうな場面があり、それを紹介したくてこの『對のあそび』に興じてゐる。

 
『死刑台のエレベーター』夫を殺してくる愛人を待ちあぐねて、夜の都会をさまよふ女、この時のジャンヌ・モロウの美しさったらない。

{このシーンだけのものが YouTube で見つかったので、引用的にリンクさせておきます。

『太陽がいっぱい』自分が殺した男にその戀人が手紙を書くのを待つ間、魚市場を歩きまはる若い男、このアラン・ドロンも最高にフォトジェニックだ。

これら、ストリイとはあまり關係なく、合間のエピソウド、インタールードとして描かれる(しかし映画の主題を深く象徴してゐるやうな)、
映像と音響とがあひまったシネポエム、ポエジイ・シネマティックとでもよんでしまひたいやうな、
映画の、映画だけが持つ魅力とはかうしたシーンなのだらう。

これらの場面の撮影で、ドカエのカメラワアクが遺憾なく發揮された。彼は、撮影カメラから三脚を外した男であった。WikipediaEnglishによれば、

Decaë's liking for natural light, his ability to work at speed as well as his excellent photographic sensibility led to him working with René Clément on several features beginning with Plein soleil (1960). It was Decaë "...who liberated the camera, from its fixed tripod. He made the New Wave possible, backing up Melville, Malle, Chabrol and Truffaut." (Marie, 2003 p 89)
このどこまでも対照的な、二つの映像がおそらく彼の最高傑作であるだらう、と私は感じ思ふ。

私は、この名場面を見たいがために、しばしばこの映画を見たくなる。昔は、サウンドトラックのLPレコウドだった。映像を想起させながら音樂に聽き入ったものであった。それが、DVDで映像もいつでも見られるやうになり、さらに今では YouTube ではその部分だけを見られるやうになってゐる。いい時代になったものだ。

あ、それからもう一つこの二つの映画の共通項があった。
どちらのシネマでも主役の一人を、一方では「殺す男」を、もう一方では「殺される男」を演じたモウリス・ロネ



また、見たくなってしまった。

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