堀辰雄『風立ちぬ』「いざ生きめやも」について

2013 0321

{制作途中、書きっぱなし、読みっぱなせ



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 今更、遠い昔の死者を鞭打つやうなことと思へば、やらずもがなと思ふのだが、『風立ちぬ』の「いざ生きめやも」の誤訳の件を検索してみると、Wikipedia をはじめとして贔屓の引き倒し的、強引なる好意的曲解をしてゐるもの(失言した大臣が眞意はかうだと弁解するあの調子)が多数であったが氣に入らず、これでは日本語のためにならぬと思はれて、それに、私は若い時からのヴァレリアン( Valery Fan と云ったはうがいいくらゐのものだけど)のつもりなので、そんなことも付け加はって、わが「切なきまなざし」の堀辰雄『風立ちぬ』を論じることにしてしまった。まあ、ミイラ取りがミイラ、私も曲藝を演じてしまふことになってしまふ(その予定なきにしもあらず)かも知れないが。

まづは手始めに、もっとも辛辣に「いざ生きめやも」の誤訳を指摘してゐる本からの引用。
それにしても、この本が出るまでこのあきらかな誤訳をあからさまに指摘する者がゐなかっといふ日本文學研究のテイタラクにも呆れてしまふ。

1986『日本語で一番大事なもの』大野晋&丸谷才一 からの引用

 

    『風立ちぬ』の誤訳

 

丸谷 ところで、堀辰雄に『風立ちぬ』という小説があって、その卷頭にヴァレリーの Le vent se lève, il faut tenter de vivre. という詩が引いてあります。それが開巻しばらくしたところで、語り手がその文句を呟く。そこが「風立ちぬ、いざ生きめやも」となっている。「生きめやも」というのは、「生きようか、いや、斷じて生きない、死のう」ということになるわけですね。ところが、ヴァレリーの詩だと「生きようと努めなければならない」というわけですね。つまり、これは結果的には誤訳なんです。「やも」の用法を堀辰雄は知らなかったんでしょう。
大野 僕は学生の頃、あの小説を読んだことがあって、「いざ生きめやも」というのは変な言葉だと思いました。こういう訳をするようでは、堀さんは日本語の古典語の力はあまりなかったと思います。彼は『かげろふの日記』を書いているけれども、原文の肝心なところはきちんと読まないで、なにかの注釈書を頼りに読んで、それでお書きになったと思います。というのは、「いざ生きめやも」と誤訳する程度の力では『かげらふの日記』の原文の細かいところは到底読めないからです。「いざ生きめやも」の訳は仰るとおりまったくの間違いです。
丸谷 私はべつに堀辰雄に恨みがあるわけじゃない(笑)、なかなか優秀な小説家だと思っているんです。しかし『風立ちぬ』のせいで「やも」が誤解されると困るから(笑)
大野 『風立ちぬ』はいい小説だと思うし、あの小説の「それらの夏の日々」というんで始まるところは、見事な日本語だと思うんですよ。「それ」というのは、既に何かあるものをさす言葉でしょう。それなのに「それらの ‥‥ 」といきなり始まるものだから、みんなギョッとして、前に何かあるんだなと思って、注意してずっと続けて読むわけですね。そのあたり、実に日本語のセンスのいい人だと思っているんです。それだけに、あの誤訳ははなはだいただけませんね。
丸谷 『拾遺集』の人麻呂の歌、「長月の有明の月のありつゝも君し來まさばわれ戀ひめやも」、こういうふうに使うのが正しいわけですね。
大野 そうですよ。このまゝずっとあなたが通って來てくださるなら、私はこんな戀しい心で惱むことはないと。
丸谷 堀辰雄が人麻呂に比べれば古代日本語の文法に詳しくなかったのは止むを得ないことですけどね(笑)。
大野 作家の古典語理解のことで思いだしましたけど、森鷗外の『即興詩人』は読むに耐えないですね。僕は何回か通読しようと努めたけど、いつも途中でイヤになりました。原作より訳文が立派だとかいうけれど、あんな下手な擬古文ありゃしないですもの。それに比べて、樋口一葉の文章は上手ですね。本居宣長の擬古文は間違いがなくてスラスラ読めるというだけで巧みではないけど、一葉はうまいですね。艷もあるし、間違っていないんです。
丸谷 僕は宣長の文体はどうも感心しないんですが、一葉はほんとうにいいですね。なにしろあの人は元々和歌のお師匠さんになって身を立てようとした人ですから、古文がしっかり身に付いているんでしょう。
大野 一葉という人は言語のセンスのいい人ですね。どのくらい古典を讀んだか知らないけれども、文章としてちゃんとリズムが取れているにかかわらず、古文の文法からまづ外れていないですね。
丸谷 僕は昔から『即興詩人』というのはなんだか氣に入らない小説でした。困っていたんですが、これで援軍を得たような氣がします(笑)。