「ノスタルジイとエキゾチズム」集語 折口信夫









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折口信夫『異郷意識の進展』1916年/11 より

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 私は今、日本の國についてのみ言ふ。
それで、いきほひ、日本人が異郷の意識を發しはじめた時から述べなければならぬ。多くの場合において、ノスタルジイ(懷郷)とエキゾチズム(異國趣味)とは兄弟の關係にある。何時如何なるところにも萬物の起原、手近くは人間の起こりについて、驚異の心を起こさぬ者はないであらう。そこに説明神話が生まれてくる。
私は暫く、その神話の海に身を投じて、祖先の感情生活の波のまにま漂うてみよう。


數年前、熊野に旅して、眞晝の海に突き出た大王ヶ崎の盡端に立った時、私はその波路の涯に、わが魂の故郷があるのではなからうかといふ心地が募ってきて堪へられなかった。
これを單なる詩人的の感傷と思はれたくない。これはアタイズムからきたノスタルジイ(懷郷)であったのだと信じてゐる。
素戔鳴尊が青山を枯山なすまで慕ひ歎かれ、稻飲inahino尊が波の穗を踏んで歸られたといふ妣が國は、皆我々の祖先が經來たつた故土であるつともに、明治大正の御代の我々にもまた脈絡の絶えない感情の的である。これを父の國と云はないのは、母權時代の面影を示してゐるのである。
さらにまた、世界共通の要素として、我々の祖先も持ってゐたもので、人爲の束縛よりもさらに強い自然の制約から脱しようと欲する心から描きだした異郷がある。現世の束縛・苦痛・不自由から解放した、自由な世界を考へる心が當時の生活状態に順應して、二種の異郷を形作ってゐたと思はれる。
一つは、海岸系統の人民の經驗からでたもので、その元の國としての常世、時間的に考へられた未來といふ語を、徳川時代の戲曲作者が「冥途」と用語例を同じくしたやうな、思想の系統は古く見られるので、時間より移って、空間に理想界の存在を求めたので、限りなき波濤の末、海坂を越えて遙かな、常世の國を現出したのも、その理のある事である。
さて、高天原を考へた人民は、すくなくとも高原に住んでゐた人間であらねばならぬ。山地の人の常として、標山思想を抱いて、神は天から降るものと考へてゐた。で、すくなくとも宗教神と祖先神との混同から、淨土と祖國とを一つにして高天原といふ異郷を考へてゐたものと信じる。


我々の祖先は、死後の世界については割合に考察を怠ってゐた。
平田系の學者が唱導する日之若宮は曲解の虚妄である。
善人惡人ともについに行くべき國として、夜見の國のみがあつた。
死んでも行くべからざる高天原にたいする憧憬は必ず非常なものであったに違ひなく、萬葉時代になって皇族の人ばかりか、岩戸を開いて昇られると考へ出されたので、古くはさうでなかったらしい。
しかしながら、古代においても、偉人に限って異郷を實際に踏む事ができると思うてゐたものとも考へられる。
とにもかくにも、高天原系統・海神系統と、出雲系統・山祇系統とのあひだには、非常な習合があったものと思はれるから、異郷にたいする考へもいきほひ不徹底である事を免れない。

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