夢のチカラタカラ

{書きっぱなし、読みっぱなせ 
2013/0311

夢について;わが『少年の完成』から

私は日録の一部としてずっと夢を記録しつづけてきた。
それは、夢の記録そのものよりも、日課として書きつづけるための、云はばヲウムアップ的な意味付けにおいてであった。
夢は、surレアリスティックであったり sousレアリスティックであったり、平板化しやすい日常の記録にたいして多彩變幻、記事の不足を補ふに役立った。そして、
その夢の内容の多樣さはおのづと文章表現、文體にたいする意識を目覺めさせていった。時には夢を素材に、そのまゝ創作へと入ってしまふこともあった。 ……

夢の記録を習慣化してしまったことで、私は最近話題になってゐる明晰夢の手法のやうな事を獨自の技法で身に付けてしまってゐたのであった。
布團引っ被って半覺半睡の子宮内的身心状態でウロボロスとなって、私は自由自在にわが思想=思考と空想とに遊戲yugeした。

容易に、「解剖台のうへでのハサミとミシンの遭遇(じゃなかったっけ)」に立ち会ったり、「電氣羊の夢を見るアンドロイド」になったり、聖徳太子や明惠上人のやうに「金人」を教師として出現させたりもした。
だが、
夢は記録されることによって私の現実に組み込まれていくにしたがひ、その本來のタカラチカラを衰弱させていってゐることにきづかざるを得なかった。私の意識を容易に受け入れるやうになるにつれ、夢本來の機能である自由奔放な想像性が失はれていってるやうに思はれた。

反現實ならぬ半現實とでも云ったらいいのか、或意味もっとも理想的な夢見ではあるだらうが、それは或種人工的なもの、自慰的なものであり、夢精のあの強烈な夢のチカラタカラはそこにはない。
私が夢に求めるものは翼ある天馬のごとき奔馬であり、手綱を付けて調教された白馬ではない。

夢はもう一人のもっと廣大なる私、胎藏された私であるはずであった。
夢を手懷けたがために、この胎藏界のもう一人の私との交通路が斷絶しかかってゐる。
私の意識を組み込んでいくことで夢は束縛され、そのチカラタカラを衰弱させていく。
精神の危機が自覺された。

變に混じり合はせて(混濁させてしまふことにどうしてもなってしまふ)しまはぬやう、
夢は夢、現実は現実と截然とさせておいたはうがよい。さう悟った。

夢を金剛力として使ふより、夢本來の胎藏力として放置しておくこと。
かうして、夢を明晰夢として利用することを私は止めてしまった。
 ……

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柳田國男187562『昔話と文學』「放送二題:(2)初夢と昔話」1937

 夢に幾通りかの種類のあることは、はやく支那人なども説いてをりますが、我々の祖先はそれとは別に、やはりこの事を認めてゐたやうであります。先づ、最も多いのは雜夢ともいふべきいはゆる取り止めのないもの、「夢のやうだ」などと云はれる夢でありますが、それ以外にも奇夢などと鄰國人の呼んでゐるもの、すなはち何等の待ち設けもないのに、ありありと思ひがけぬ事實を夢見、またそれを記憶してゐる場合があります。これを何事かの暗示と考へ、氣にかけ、または解を求めるのは自然であります。夢合はせの必要はかういふ時に起こり、「夢は逆夢」といふ諺などもこんな時に多く用ゐられました。よく我々が耳にしますのは、物を食べる夢は風邪を引く前兆とか、斬られた夢を見るのは金が身に入るのだからいいとかいふので、これらはもう今日となっては解釋の値打ちよりも、かつて日本人がよくさういふ夢を見てゐたといふ、史料としてばかり有用なのであります。あるいはまた、嫁に行く夢を見ると死ぬと云ひ、鯉を捕る夢は親しい者に死に別れるなどといふ類の色々の言ひ傳へが地方にはありまして、探してゐるとなかなか珍しい例に行き當たります。これらの夢解きは舶來ではないだけに深く考へたら何か隱れたる理由があり、すくなくとも國民の心理の研究に或暗示をあたへるものがあると私たちは思ってをります。勿論、その夢解きを信ずるといふのではありません。

 それ以外にもう一つ、日本に昔から多かった夢は、かの逆夢にたいして正夢と名付くべきもの、いはゆるマボロシ、すなはち起きてゐて見たり聽いたりする不思議と最も近い夢であります。この夢を見る方法が後世失はれてしまひまして、たんに夢合はせの的中した奇夢をもマサユメと呼んでゐた例がありますが、それは名稱の擴張であって、古くは我々の祖先は、求めてこの正夢だけを見ようとしました。それが、日本人の夢占umeuraといふものであります。何か一生の大事で、心に決しがたい問題のある場合、一念を籠めて夢を待つのであります。通例は、神佛の前に出て夢の告を願ふのでありますが、惠心僧都といふやうな信心深い人たちは、かへって坐ながらにして貴い夢を見てをります。しかも、それは佛教の産物ではなかったので、今でも田舍ではこの夢さとしをする神を枕神と名づけて、佛法の外に置いてをります。神が枕神に立つといふことは、すなはちこの思ひ寢の恍惚境において神祕なる啓示を受けることであります。しかも、その夢は必ずいい夢ときまってをりました。たとへば、戰をしよかすまいかといふ時に、してはならぬといふ靈夢の告を受けたとしましても、その方が利益でありまた正しいのだと解しますから、やはりいい夢であったので、これだけは決して逆夢とは考へませんでした。 この新しい時代になってもかういふ正夢はなほ大いに必要であります。すなはち、常日頃から崇め信ずる力に頼って、今抱いてゐる自分たちの空想の当たれりや否やを決することは、今後も形を變へて我々日本人の、特殊の技能となって續かなければなりません。たゞ、近頃の初夢のやうに、それを七福神と金銀財寶の寶船にばかり求めようとするのは感心せぬといふだけであります。