香川京子の「おさん」(溝口健二『近松物語』1954)

2013 0322

点々と山に櫻の咲きそむる、空はればれと春日なるかな



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YouTube で、名匠溝口健二が1954年に制作した映画『近松物語』が見付かった。

私にとってはこの溝口健二監督の『近松物語』、香川京子が演ずる「おさん」が、私が見た映画のなかで一番に美しいヒロインである。浮世絵から拔け出てきたやうな、とよく例へるがまさにそんな感じ、彼女を包むその衣裝風俗をはじめ、小道具大道具がまたすばらしい。

 物語は、近松門左衛門の『大経師昔暦』(通称『おさん茂兵衛』)、この悲劇中の悲劇を、宮川一夫(当時隨一の撮影監督)のモノクロウム映像の獨特の緊張感のもとで、云はば一直線に、思ひもせぬ罪人へと追ひやられていく經師屋の奥方「お家さま」と手代の悲劇 ―― 不倫したわけでもないのに、逃げなければならぬ破目となり、捕まり、不義密通の罪で市中引き囘しのうへ、磔の刑を受けてしまふ成行を、全篇「道行」のごとくにそれこそ一分の隙もなく描ききってゐる。
相手役の長谷川一夫をはじめ、脇役陣もすべて申し分なく、映畫史上、屈指の名作だと私は(指を折りながら)思ふ。


香川京子は、黒澤映画が好きであった父が好きな女優であった(らしい)。

彼女ほど、日本映画の黄金期を作りだした名監督に好まれ、出演した女優はあるまい。
今井正(『ひめゆりの塔』1953)から、
小津安二郎(『東京物語』1953)、溝口健二(『山椒大夫』1954、『近松物語』1954)、
成瀬巳喜男(『驟雨』1956)、豊田四郎(『猫と庄造と二人の女』1956)山本薩夫(『人間の壁』1959)など、それからは、
黒澤明の専属のやうになって、『どん底』1957、『惡い奴ほどよく眠る』1960、『天國と地獄』1963、『あかひげ」1965)と、黒澤明の多種多樣なヒロインを一人で演じたと云っていい。

日本映画の黄金期にこれほどの名匠たちに用ゐられた香川京子ほど好運であった女優もあるまい。勿論、それには彼女の女優としての魅力と実力のおかげなのだが、彼女は日本の監督や俳優を束縛した「五社協定」が成立する前にフリーになったためもある、とWikipediaには書いてあった。

ちなみに、香川京子は1931年の生まれ、わが新珠三千代は1930年の生まれ、
日本敗戰の1945年、十五歳前後のもっとも多感な年頃であった。