折口信夫「淨きまなじり」『きよき/つよき』

2013/0203

 わが『きよきまなじり*つよきまなざし』の縁起、その一つ
折口が逝去する前年、昭和二七年二月に「春日大社・興福寺國寶展」開催に因んで毎日新聞社講堂で記念の公開講演會が開かれた。頼まれて折口は「淨きまなじり」といふ題で、興福寺の阿修羅像をめぐる話をした。殘念ながらこの講演記録は殘ってゐないが、私に燒きついた記憶は鮮烈であつた。『折口信夫傳』岡野弘彦
「淨きまなじり」といふ語は、私にも鮮烈に焼き付いた。『きよきまなじり*つよきまなざし』の半分ほどが啓示されたかのやうに。

對句表現を好むヘボ詩人は早速「つよきまなざし」と付けて、「きよきまなじり、つよきまなざし」と嘯いて、興福寺の五重塔を見上げた。そして、虚空に瑞雲を待った。

瑞雲を待つうちに、
むしろわが精神の奧底より湧き上がりくるやうに、
Debussy の『沈める寺』(私にはどうしても出現してくる有樣に聞こえる)の音響のやうに、
わが日本のための「大きな物語」がせりあがってきた。

こゝ、古都奈良を舞臺にして、祝祭から革命への時空が「きよきまなじり、つよきまなじり」の阿修羅、佛教に改心する以前の本來の阿修羅、戰鬪の神に戻った阿修羅たちによって演じられる。 ‥‥

僅か數十年で桓武天皇によって廢都となった平城京は、取り殘された寺社の影響もあり、井上廢皇后と他戸廢太子の事件、祟道天皇こと早良廢太子の事件、また、平城天皇の藤原藥子事件などの後遺症とでも云ふか、いまだに怨靈(御靈)信仰が篤い土地柄となってゐる。この事は、實際にこの地を隈なく歩き囘った私にもっとも印象された事であった。 ‥‥

{續きはまた日を改めて。ブログだからね、少しづゝ、見せ「ケチ」しながら、息長く、


 

 

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