折口信夫「神やぶれたまふ」for

昭和二十年、戰爭に敗北した日本を、その時六十二歳となってゐた折口信夫は「十字軍的アメリカ」にたいして、日本の神々が敗れたのだとおもひを致したのであった。

神 やぶれたまふ』
 神こゝに 敗れたまひぬ ―― 。
すさのをも おほくにぬしも
 青垣の内つ御庭の
  宮出でゝ さすらひたまふ ―― 。
 {中略。全部は彼の全集ででも見てください。
神語り かくもかなしく
神別れ 別れし後に、
 ねもごろに思ひしことの
 夢のごと 今し思ほゆ ―― 。
 まこと ―― 我神を忘れつ ―― 。
 國びとぞ 時を失ふ ―― 。
然いたむ神の心を
いつの日か なごめまをさむ。
今の間は 御殿に還り、
神いくさ やぶられしことを
忘れ筒 たひらぎたまへ ―― 。
 國びと我が 心いたみも 今は
 いこへむ
    反歌
神こゝに 敗れたまひぬ。しづかなる青垣 山も よるところなき
國びとの思ひし神は、大空を行く飛行機と おほく違はず
信薄き人に向ひて 恥ぢずゐむ。敗れても 神はなほ まつるべき
そして、敗戰から一年が過ぎた昭和二十一年八月、『神道宗教化の意義』と題した講演で、なぜこのやうな非常時の日本に「義人」が出ないのかと悲憤を洩らしてゐる。
ともかく日本の神々が敗れ、それと非常に關係深い天子樣とその御一族が衰へた時、何故義人が出ないかといふことは、悲しむべきことだ。それほど我々は正解の性根を失ってゐる。我々のこの氣持を表してくれる義人が人もゐないといふことだ。變な教養を受けた冷ややかな氣持を持ってゐるのだ。我々があまり形式的な科學に囚はれて、宗教的な例を少しも考へなかった。本流神道の側に入って考へれば、神道を宗教化しよとうは考へず、あまり倫理化しよう道徳化しようといふ努力のはうが強すぎた。つまり、宗教化しようとすることは、神道を道徳化しようとすることの邪魔になるので抑へつけてきた。
そして、その後、神道の新しい方向についての思念を続けていった。
そんな彼のおもひのなかから「きよきまなじり」といふ、興福寺の阿修羅像を見ての感想、彼のいはゆる「未完成靈」、夭折されられた日本の神々についての評語が出てくるのである。




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