「せんとくん」にたいして「まんとくん」登場!

 
もう何をか云はんや、である。
「せんとくん」にたいして「まんとくん」、
これでは話題づくりのために、官民裏で手を握っての(好意的に解釋すれば阿吽の呼吸による)出來レイスではないのかと私などは疑ひを抱きたくなる。
「まんとくん」とは『續日本紀』にある「萬人滿都(万人都に滿つ)」の「まんと、まんと」によるとの事だが、あまりにも上出來な命名に、これは先に名前があったのではないかと私は疑った。
撰ばれたマスキャラはマントを卷いてゐるが、マントと平城遷都とは何の關係もないし、そもそもマントの必要性もない。「まんとくん」といふ名前のために必要もないマントを首に卷かせたのではないか、と疑ひは強まる。 ‥‥
これに加はるに、角を生やした小僧さんの「せんとくん」にたいして角を立てて反對運動に決起したナントカ會のお坊さんの團體も獨自のマスコットキャラクターを作ると云ひだしたさうだから、「おくとくん」になるのか「百度君」になるのか知らないが、マスコットキャラクターは三つ巴となって、本來の遷都記念の事などそっちのけで「マスキャラ」どもの氾濫と横行に、さながら古都奈良は惡夢のごときドリイムランドの樣相を呈する事になりさうだ。
かうして、嚴肅なセレモニイであるべき平城遷都記念行事は、マスキャラ騷動に終始するイベントとなつてしまった。
マスコミは「ゆるキャラ」騷動を囃し立て煽り立て、事業當局はその宣伝効果を金額に換算して取らぬタヌキの皮算用にほくそ笑んでゐるが、マスキャラ騷動に熱中して、これがなんのためのものか、何のための祭のためのものか皆目忘れ去られてゐるのではないか。

いったいこの國は、日本人はどうしてしまったのだらう。


この國は全体發狂してゐるのじゃないか。
なにをやるにもマンガチックなシンボルマスコットを必要とし、知恵を絞って幼稚なアイコンを濫造し、世の中を「ゆるフン」状態にして、つい最近も、判員制度のキャンペーンでのマスキャラ&ヌイグルミのテイタラがあったばかりだ。
まったく、どうかしてゐる。
近來にない危機的状況に際してゐるといふのに、どこからも緊張した自省の態度が出てこない。
「眞摯に、深刻に」國をおもふなどといふ心理などこの國は教へてこなかった。

私は
『きよきまなじり*つよきまなざし』となつて、
王樣の裸を指摘する少年となつてやる。



Art of Heart ∈ 思考69空想 ∋ Word of World