日本人への遺言:新渡戸稻造 1900

 
新渡戸稲造186233



新渡戸稻造:BUSHIDO THE SOUL OF JAPAN 『武士道』 1900


__PREFACE
About ten years ago, while spending a few days under the hospitable roof of the distinguished Belgian jurist, the lamented M. de Laveleye, our conversation turned, during one of our rambles, to the subject of religion. "Do you mean to say," asked the venerable professor, "that you have no religious instruction in your schools?" On my replying in the negative he suddenly halted in astonishment, and in a voice which I shall not easily forget, he repeated "No religion! How do you impart moral education?" The question stunned me at the time. I could give no ready answer, for the moral precepts I learned in my childhood days, were not given in schools; and not until I began to analyze the different elements that formed my notions of right and wrong, did I find that it was Bushido that breathed them into my nostrils.
Bushido, the Soul of Japan は原文が ProjectGutenberg にあります。

{岩波文庫、新渡戸稻造の生徒であつた矢内原忠雄による譯
__第一版の序文
約十年前、私はベルギーの法學大家、故ド・ラブレー氏の歡待を受け、そのもとで數日を過したが、或日の散歩の際、私どもの話題が宗教の問題に向いた。「あなたのお國の學校には宗教教育はないと仰るのですか」と、この尊敬すべき教授が質問した。「ありません」と私が答へるや否や、彼は打驚いて突然歩を停め、「宗教なし! どうして道徳教育を授けるのですか」と、繰り返し云ったその聲を私は容易に忘れ得ない。當時、この質問は私をまごつかせた。私はこれに即答できなかった。と言ふのは、私が少年時代に學んだ道徳の教へは學校で教へられたものではなかったから。
私は、私の正邪善惡の觀念を形成してゐる各種の要素の分析を始めてから、これらの觀念を私の鼻腔に吹きこんだものは武士道である事をやうやく見出したのである。


" 内村鑑三186130の札幌農學校時代の同級生に新渡戸稲造186233がゐた。
彼等は明治政府によつて開校されたばかりの札幌農學校の第二期生で、「ボウイズ、ビアンビシャス」と薫陶したクラーク博士はすでに去ってゐたが、その強い精神的影響力のもとにともにキリスト教徒となつた。
" 新渡戸の武士道の稱揚には、彼が東北地方の小藩、それも滅ぼされゆく舊體制側の武士の子として生まれたといふ個人的条件が働いてゐる事は指摘するまでもあるまい。これはほとんど同じ条件の出身で新渡戸と或意味雙子のやうな人生の軌跡を描いた内村鑑三についても云はれ得る。内村が日本の武士道を西洋において墮落傾向の著しくなってゐたキリスト教を支へるための、云はば innerPower として武士道を持ちだしたのが、私には(木に竹を接ぐかのやうに)奇異であつたが、彼等にとつての武士道は彼等が幼少年期に授けられた男性的人間教育の體驗であり、彼等のアイデンティティとなるべき内面生活の倫理的規範だったからであっただと理解された。そして、彼等の武士教育が終る頃には武家の時代は終焉して、維新となって武士の魂である刀を奪はれ旧式となつた武士道にたいして彼等は最後の武士「ラストサムライ」としてノスタルジックに、多分に武士道を理想化させて自分の精神基盤となしたのであつた。この事は、新渡戸の『武士道』が「過去を敬ふこと、ならびに 武士の徳行を慕ふことを 私に教へたる わが愛する叔父 太田時敏に」獻呈された事でも證明されるだらう。
{明治維新を幼年時代で迎へた彼等の世代が一番外國語ができたやうに思ふ。内村にしても新渡戸にしても英語で(しかも名文で大文章を)書いたし、同時代の岡倉天心186313にしてもさうだ。彼等の時代にはあって我々にはないもの ―― それは志であり、それこそ精神の背筋となるべき「武士道」かも知れない。
Wikipedia の記事によれば、「明治36年(1903年)、岡倉天心は米国ボストン美術館からの招聘を受け、横山、菱田らの弟子を伴って渡米。羽織袴で一行が街の中を闊歩していた際に若い米国人から冷やかし半分の声をかけられた「おまえたちは何ニーズ? チャイニーズ? ジャパニーズ? それともジャワニーズ?」。それにたいし天心は「我々は日本の紳士だ。あんたこそ何キーか? ヤンキーか? ドンキーか? モンキーか?」と流暢な英語で言い返した。」 のださうだ。
" おそらく、思想はノスタルジイに伴はれたはうがより力を増すであらう。思想とは(思考と空想の)イカロスの翼、背中に翼を確信して高く高く飛べ、墜落を怖れるな、墜落も衝突までは或種の飛翔なのだから。

Art of Heart ∈ 思考69空想 ∋ Word of World