『きよきまなじり*つよきまなざし』 趣意書

奈良遷都1300年記念(私的)事業
『きよきまなじり*つよきまざし』

こんなのはダメだ!

 もつと眞摯に、もつと深刻に



平城遷都1300年記念事業

私的に
亡國日本救済事業

すべく
きよきまなじり
つよきまなざし

なりて

(乞ふ!御期待)


【きよきまなじり】について

折口信夫が昭和二十七年二月の興福寺展に寄せた講演『きよきまなじり』には、師弟關係ができた堀辰雄が昭和十七年に發表した『大和路』で、奈良を訪ね阿修羅像を見て感想した「切ないまなざし」の影響もあるだらう。
その堀辰雄が持病の肺疾患で昭和二十八年の初夏に逝去した時、折口はその葬儀に出席した。その折口も同じ年の初秋には亡き人となる。

>  もう十一時だ。僕はやつぱりこちらに來てゐるからには、一日のうちに何か一つぐらゐはいいものを見てをきたくなつて、博物館にはいり、一時間ばかり彫刻室のなかで過ごした。こんなときにひとつ何か小品で心愉しいものをじつくり味はひたいと、小型の飛鳥佛などを丹念に見てまわつてゐたが、結局は一番ながいこと、ちようど若い樹木が枝を拡げるような自然さで、六本の腕を一ぱいに拡げながら、何處か遥かなところを、何かをこらえているような表情で、一心になつて見入つている阿修羅王の前に立ち止まつていた。なんといふういういしい、しかも切ない目ざしだろう。こういう目ざしをして、何を見つめよとわれわれに示しているのだろう。 それが何かわれわれ人間の奥ぶかくにあるもので、その一心な目ざしに自分を集中させていると、自分のうちにおのずから故しれぬ郷愁のようなものが生れてくる、――何かそういつたノスタルジックなものさえ身におぼえ出しながら、僕はだんだん切ない氣もちになつて、やつとのことで、その彫像をうしろにした。それから中央の虚空蔵菩薩を遠くから見上げ、何かこらへるやうに、默つてその前を素通りした。 ‥‥ 堀辰雄『大和路・信濃路』



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