「平城遷都1300年記念事業」騒動記、續。

 
先日逸早くお傳へした「Nara小僧」(私の勝手な仮称、いまだ無名、名前は公募中)の話題がマスコミでも取りあげられ、賛否兩論相俟って議論沸騰知名度アップ、事業当局およびマスコット作者はホクホク顏(TVで見ました)、敵(と云ふわけではないのですが奴等の顏を見たら敵にする事にしました)に利する行爲であつたかと後悔、先に立たずして、またも火に油を注ぐやうな事になつてしまふだらう事は覺悟のうへで、批判的に論じてみたい。

このキモイ ツノ鹿小僧に五百萬、片てのひらに千三百萬

・当局および作者は「これは佛ではない、童子です」と強弁するが、白毫(ビャクゴウ、眉間についてるヤツ)は佛の印。佛なら想像物だから頭に鹿の角が生えててもかまはない(馬頭観音とか實例多數あり)が、人間の童子ではおかしな事になる(こんな事くらゐ分らないかね)。
・このマスコットの作圖には五〇〇萬圓が支拂られたさうだが、それにたいし、公募の「名前」にたいしては五萬圓、ではあまりに差が大きいのではないか。プロに甘く、アマに辛い態度(世論大衆の反発は意外とこんなところに發するものだ)。それに、このマスコット撰定が云はば秘密裏におこなはれ、そもそもの問題視の原因はそこにあると云はなければならぬ。談合不正などに敏感となつてゐる御時世にあまりに無神經な運營である。←つひ最近、古都飛鳥を舞臺にした談合事件が摘發されたばかりだからね。
・事業当局には、1300年祭を衰運著しい奈良の街興しに利用したい下心がありありで、ために視野狹く、最近のキャラ成功例などを參考に安直に事業計画し てゐるらしいが、經濟的成功など求めず、日本といふ國家にとつての記念となる事業として、それにふさはしい嚴肅さで取り組んでもらひたい。

・人出ばかりのバカ騷ぎはたくさんだ。これを機會に、マスコットに端的に示されてゐるやうな「大佛」と「鹿」の觀光地奈良ではなく、この日本が建國された時の事に深く思ひを致す場所、日本といふ國家の原郷、日本人の故郷としていく決意を示すやうな行事としなければそもそも開催する意義もないであらう。日本は今や亡國の状況に近い。或意味千載一遇の好機なのだ。よくよく心すべし。


↑ Art of Heart ――――――――― 思考 69 空想 ―――――――――― Word of World ↓