比喩と揶揄:1988 犬とコンピュータ、「警察と裁判」についての提言

 
{1988

ケイサツは犬だと巷間公然と隠語されている。そう呼ばれ続けられるには、どこか本質を突いているところがあるのだらう。だから、警察は犬に任せたらどうか。どうも、いろんな意味でケイサツは人間にはしんどい職業であるのだから。人間に清廉潔白を求める事自體が、ひどく非人間的要求ではないか。
あるいは、犬には推理できないと言われるかも知れない、それでは聞くが人は推理できるのか。近代捜査は推理ではなく物証捜査である。物が出なければ証拠とならないのである。それに、現代にはアアトフィシャルなんとかの推理できるコンピュウタが実用段階に入りつつある。犬が捜査しコンピュウタが推理すると言う事になれば、その完全な捜査力によって犯罪は引き合わない事になって ‥‥
犬察システムがそうであるならば、裁判システムにはもっともっと有効だろうと推測するのが当然である。捜査同樣、判決といふ行爲も人間の得意とする分野ではない。人間に神樣になれと云っても無理なのである。だから、たとへば、富士通とかNECとかIBMのスパコン(二十年前の記事ですのであしからず)を裁判官にして裁判処理させるのである。これは驚異的な処理能力を発揮して、しかも必然的に三審制は無用の長物となって。ともあれ、ともかく裁判からは人間性のにおひを排除しなければいけない。非人間的なものによる判決だからこそ説得的たり得るだらう、と私は賢明にも愚考するのである。


Art of Heart ∈ 思考69空想 ∋ Word of World