MySelf InterView (2008/01 日録からの拔粹)



{『きよきまなじり*つよきまなざし』の制作のために、構想当時の日録を讀み返してゐる。数年ほど以前の私、それは現在の私とはどこか、相違してゐるもう一人の私、もう一人の阿修羅となって惡戰苦鬪する私 ―― さうした過去の私をできるだけそのまゝ現在に連れだして、彼と化した過去の私と現在の私との、カノンないしフウガの技法によるポリフォニイ、多聲の構造へと立體化、ルウビックキュウブ化していく。これぞ私の阿修羅にヒントを得て發明したわが分身術、

{西暦2008年は一月の日録から、適当に拔粹 ―― 

新しき年の始めの初春の今日降る雪のいやしけ壽事  大伴家持

めでたい言葉ばかりでできてゐるのに、なぜか(その後の家持と大伴氏の運命を識つてゐるせゐか)かなしさばかりの響いてくる歌を呟きつゝ、年明けの酒を支度してゐると、寒風にかさなつて除夜の鐘の音が聞えてきた。東大寺だらうか、興福寺だらうか。さらに耳を澄ますと、今度は夜汽車の音が聞えてくる、幻聽かとおもふほどの近さで。零時過ぎだぜと一瞬ハッとしたが、あるいは(奈良と飛鳥を結んで)初詣に特別走らせてゐるのかも知れない。遠離りゆく夜汽車の音が消えたところで、また鐘の音。感慨しきりとなつて、それを肴に思ひ出酒となる。

走馬燈、酒は泪か溜息か ‥‥ 森羅萬象、煩惱(梵鐘)の聲



私なりの、苦勞のしかた。他人には決して眞似できない(したいとも思はぬだらうが)、
さう云へば、中也も「苦勞してきたことであつた」と詠ってゐたが、「そんなの苦勞じやねえ、てめえの好き勝手じやねえか」と世間は云ふだらう。私の苦勞もそんな類のものだが、本人にはやはり「苦勞であつた」。
世間並をいやがり、折合ひのつかぬもう一人の自分、
どう生きたつて苦勞は苦勞だぜ、と狡猾にも囁きかけるもう一人の私、ならば好き勝手におもしろおかしく生きていかうじやねえか、と應へてしまふ私


日暮れる時間を暗くなるまで、佇みつづける事。それが古都の一番の鑑賞法だらう。
「たそかれ」となつていく時間、その時、古都が息づき始める。
歴史が地靈となつて幻出、いや現出してくる。
もしくは早朝、「かはたれ」の時間。地靈たちの退散していく時間、
さう私は確信するから、古都の地元に澄まなければとおもはれた。
地靈の語りだすのを待ち、ひたすら風光を見詰めるのだ。
ニューヨークの金融相場、油が百ドルへと高騰、株價は急落。圓高も急激に進む。日本終了の今年となりさう。
×
さて、明日から日本、仕事始め。どうなる事やら、日本、そして世界。地獄の釜のフタが開く日となるだらう。今度ばかりは容赦がない。環境問題、食糧問題、エネルギイ問題、經濟問題、政事的混亂、國家への不信、人口問題
有限な地球といふ環境での爆發的な人口増加、
人類といふこの異常な繁殖力を持った怪物は、盲目的な意志と化しておのれの世界を破壞する事になるだらう。
希望を棄てるな、絶望するな。絶望してしまつたら、それで終りだ。今ならまだ間に合ふ、今が最後の機會だ。と何度同じセリフを聞かされた事だらう。
だが、決して間に合ふ事はないだらう、と私は思つた。なぜなら、人類は反省はしても實行はできないからだ。いつだって成行任せにしてきた。
個々の人間は變はれても、その全體は變はらない。と云ふか、變はれないのだ。
陰陽論的に云へば、この現代は「陽」のきはまりゆく状態。きはまり盈つれば、缺けていくのが自然の運行、人類もまた、この繁榮によつて滅亡していく。
未來を私は絶望した。
或時、私はこの世界の終焉を望んでゐるのではないかと思はれた事があつた。自分の立てた豫想に固執する豫言者のやうに。
↓默示録的に、
だが、人類は全滅しない。最惡のはうから生き殘る。より惡い奴が惡い奴を倒しながら、弱肉強食、優勝劣敗と生き殘つていく。
彼等は内的な進化をすませてゐるとし、從來の人間性などの倫理を超越した超人を自稱してゐる。最良なる者は最惡の能力を持った者である。
だが、その最惡の者に、不思議な事が起こった。彼の初子、その輝くほどきらきらしい子は、悲觀と絶望とを握りしめて悲鳴とともにこの世にやつてきた。遠い遠い隔世遺傳が起つたのだ。

心の濁り荒んだ人々が世界を狂はし壞してゐる。
民主主義は獨裁者を生むだらう。何でも生む。何にでも犯されて、何でも生む女の股の間のやうなものだ。


ウツのメタボ、約してウツボ
マダムスシに隱されたマムシほどうまくいかなかつた
{これは、当時のアメリカのライス国務?長官に「マダム寿司」とか云ってコビを賣った小池百合子(当時防衛長官だったかな)を揶揄して作った狂歌のことに關係したものです。

今日も空振り、見逃しじやないだけでもいいか。

『單純な複雜骨折』
右翼骨折←紆余曲折

とぶな
  鳴かず飛ばずならば貴方も鳥だ
とべ
  墜落も衝突までは或種の飛翔だ


成功にたいするオソレ、といふ感覺をわかつてもらへるだらうか。
こんなもの作つたつて誰も相手にしない。そんな事は最初から解つてゐる。
こんなものが擧つて讀まれるやうなら、私が絶望する必要もないわけだ。
ムダと識りつゝ、しかし、私は私の「つとめ」をはたす。
遺す事。さうしておけば、種子となつてこの世界に殘り、或時、芽を出す事があるかも知れぬ。
文化といふものの大半がさうした宿命のもとにあつたではないか。それらの貴重な前例に賢く學び、それを見越して、構想したのがわが硝子玉演戲ではなかつたのか、
私には、ゴッホのやうに弟もゐなければ、ニーチェのやうな妹もゐない。父母もゐなければ、妻子もない。自分の事はすべて自分でやらなければならない。自作自演しなければならない。このわざとらしさ、やりきれないけど。まあ、これしか存在の證明方法はない。
インターネットといふメディアに遭遇さへしなかったら、 ―― しかし、これもわが運命と思はなければなるない。
あゝ、それにしてもどうしてこんな私が未來にたいしてこだわるのか、自分で自分が分らない。
幻影との挌鬪には慣れてゐる。一人芝居にも慣れてゐる。だから、ネット上での孤獨は少しも氣にならない。むしろ、誰も見てないことが私を大胆にしてくれる。できることなら、大半できあがるまで誰にも見付からないでゐたいものだ。
私はこゝにそつと私の「かたみ」を置いていく。私としては置土産のつもりだが、それを土産とするかしないかはあなたたちの勝手だ、私の知つた事じやない。

燃える車輪となつて
走れ
時空の斷崖へ(墜落も衝突までは或種の飛翔)
飛べ
白鳥の悲鳴となつて

翼を信じて崖へ臨め
閃光、光芒をひいて

と讀んでしまつたぞ。おもひきしクソを踏んでしまつたやうな氣分だ。


日本人の魂振
ま、それでどうなるものでもないが。
しかし、魂拔けの魂振りつてどうやるんだ。
天皇は今は人よりも神に祈るべきであらう。
天皇は陰の存在に戻るべきである。伊勢か大和か、退隱して、大和の神々に奉仕すべきである。
天皇制が日本で成功、きはめて有効に機能してきたのはその存在が陰であつたからだ。
天皇が陽となつて現れた時には天下に混亂がもたらされた。

明惠上人や解脱上人の事を、日本の Legenda Aurea として、

老紫 ←若紫にたいして、やはり枯れた色合ひの紫といふことだらうね。

情報よりも情調情操と云へば、字面では露骨になるが、まあさう云ふ事だ。


歴史と文學
History HisStory 「彼についての物語」と解き、
文學については、myStory を(硝子玉演戲的に)合成して得た Mystery を充當させると、
これで、この日本では鴎外以來決着のつかぬ(つかせられぬ)「歴史と文學」の難問が、いとも簡單に解けた、おもひであつた。
このやうに「歴史と文學」を相補的な循環關係「歴史∞文學」に設定して、日本とは=日本人とは何であったかについて思ひ考へる。
私が巫山戲てるなどと思はないでもらひたい。
「歴史は文學にきはまる」と徂徠あたり云つてゐなかつたか、ま、私もほゞ同感

openMystery
naturalEcstasy
stillRevolution

省略、暗示、象徴、祕密、 記號的思考表現 「易と曼荼羅」的イコノロジカルな兩部立て

ストリップショウ的に
少しづゝ脱いでいき、見えさうで見せないテクニック、そして、上品にも、見せないものは最後まで見せない。
立ち止らせて迷路をおもはせ、迷宮へと閉ぢ込めていく


氣概ねえ、いつそキチガヒになつちまうか
さうだ、アレルギイエネルギイとしよう

ものいふ もののふ  ものくふ もののふ  もののふ ものいふ

成人式、ミッキーマウスとたはむれて「なにが日本だ成人式だ」(いちおう狂歌のつもり)。

たましひもこころもなくし いのちだけ、後生大事にちぢこまりゆく
年寄と女子供がゐるだけの國とはなりぬ「オダブツニッポン」
疫病神あつめたごとし、大臣のツラ見て失望、絶望となる
無益なるタワゴトばかり聲高となりてむなしきマスコミニッポン
キチ兆も朝チウ龍も復活す、やさしき國のもの忘れ人
けふもまた、わらひころげてけふもまた、わらひころげて、天下太平
マスコミにガス吹きこまれ、また拔かれ、エアマットにトランポリン
マスコミにガス拔きされてノウタリン ゴクラクトンボに人間地獄
惡いはうへ惡いはうへと進み行く、落ちゆく時は仕方なきもの
呆け惚け、狂ひ壞れてゆく先の 行末あはれ、如何ともするなし

元凶は日本人そのもの、呆け惚け、欲ボケ色ボケ、善男善女
日本人すべてを敵に囘したし、ほろぼされたる大和心で

しきしまの大和の國はたそがれて、しづみゆく日にこころものもふ
もののふの八十氏神よ、この國の存亡、緊急、神風となれ

モノノフもサムラヒもゐず、草莽に。大和心は根絶やしとなり

切るほどの身錢もなくて、高飛車にあなた任せに武士の商法
大道藝、大上段に振りかぶり、たまちる言刃、キチガヒ刃物


日本語の表現は、技藝を必要とする。他の西歐語のやうに、單純な表音文字による表記や漢字だけの表記しか識らぬ者には考へもできないだらうが、日本語の表現の多種多樣、多彩さは(同じ一つの事を表現するにしても)ほとんど無限の可能性がある。
縱書、横書き、散らし書き
日本語には明晰性を求めるべきではない。
雲繝、型紙。かさね、ぼかし、づらし、曖昧模糊がそのいのち
それらを驅使するために、知識と技術と、そして熟練を要する
ファインアアトに近いジャンル、などと私は認識するのである。
散文はそのまゝ詞章となり、詩歌となり、また詞章となり、變容しつつ連綿と續いていく、
行進ではなく舞踊なのだ、本質的に日本語は、舞ひと踊り、


Le coeur a ses raisons que la raison ne connait pas. 
=The heart has its reasons, of which reason knows nothing.
  ―― BlaisePascal Pensee



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